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サイレントエモーショナルサマー
第34章 psicologia
コーヒーを買ってフロアに戻り、仕事を再開してからも浩志はなにかが面白いらしかった。デスクの片隅に転がる私の作ったカップケーキの包みをちらちらと見ながら時折こもった笑い声を上げる。
なにがそんなに面白いと言うのか。今までみたいに戻れる自信がないと言っていた浩志とこうして接することが出来るのは嬉しいが、ここのところ浩志の考えていることが読めない。それに幼子を見つめるような優しい微笑みを見ると途端に落ち着かなくなる。
なんだか、むず痒い。以前のようにただ隣に居るだけで気持ちが楽になる瞬間はもうこないのかと思うと形容しがたい暗い感情が胸を占める。
じわじわと侵食してくる得体の知れないなにかを振り払うように席を立って、意味もなくお手洗いに向かった。洗面台で顔を洗いたかったが、流石にそこまでは出来ずじっと流れる水を見つめ手を洗う。
― なんか、変だ
目を閉じて、深呼吸。私は、どうしたいのだろう。今の状態がいつまでも続くものではないと分かっては、いる。私の選択ひとつで区切りをつけることが出来るし、早くその選択をするのが彼らの為にもなるだろう。
ならば、なにを理由に選択するのだ。浩志に対して抱く感情も、藤くんに対して抱く感情も、全く同じものではないが、優劣などない。
― ダメだ…考えると苛々する
垂れ流していた水を止め、手を拭った。両手で頬を叩き、お手洗いを出る。憂鬱を感じながらフロアへ戻ろうと足を向ければ視界の端で動く影。あ、と思えばするりと手を絡め取られる。広がる匂いに気付くと気持ちが落ち着いてもやもやと広がっていた憂鬱が消え去っていく。
「……捕まった」
「捕まえました」
「ちゃんと真面目に仕事してる?」
「してますよ。俺も早く社外出られるようになりたいんで」
給湯室に私を引きずり込んでから言っても説得力がない。だが、思い返してみれば今週の藤くんは結構真面目に仕事に取り組んでいるような気がしなくもなかった。