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サイレントエモーショナルサマー
第34章 psicologia
ぎゅっと抱き着くと髪にキスをして後頭部を撫でてくれる。今は、こうしているのが一番落ち着く。目を伏せると、おかえりなさい、と私を迎えてくれた藤くんの微笑みが瞼の裏に浮かんだ。あれがないのは酷く寂しい。
「さっき、渡したいものあるって言ってたのはなんですか?」
私を抱き締めていた腕はゆらりと動き、手のひらが尻を撫でた。こら、と制すると微かな笑い声。
「取ってくる。ちょっと待ってて」
藤くんの腕の中から抜け出してカップケーキを取るべくデスクへ戻ろうとするとこの2日私のなにかを掻き立ててきた成瀬ちゃんがフロアの入り口で中を窺っているのが見えた。ぴたりと足が止まる。なんなのだ。なにが目的だ。くそう、また苛々し始めた。
「お疲れさまです」
にこりとした顔。ざわつく胸。この顔は、見たくない。
「今日はガトーショコラなんです。感想、聞いておいてもらえませんか?」
知るかよ。どうして私がそこまでしなければならないのだ。はは、と苦笑いを浮かべる私の手に可愛らしくラッピングされたガトーショコラを押し付けて成瀬ちゃんはるんるんと去っていく。意図が読めない。何故、急にこんなことをするようになったのだろう。
湧き上がってくる苛立ちから目を背け切れなかった。包みをぐしゃりと握り潰しそうになったのをなんとか堪え浩志の傍らに立つ。上げた顔を怪訝に歪めた彼は私の手元へと視線を移した。
「どうした?」
「今日はガトーショコラだって」
「ああ…成瀬か」
「……こういうの、嬉しいの?」
私が問うと怪訝そうだった顔はまたなにかを面白がるような顔になった。その顔、苛々する。そうは言えず、視線を逸らす。
「お前は、なんて言って欲しい?」
「…意味わかんない」
まるで藤くんみたいなことを言う。こんな浩志、知らない。