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サイレントエモーショナルサマー
第34章 psicologia
◇◆
A4サイズのコピー用紙に乱雑に書き殴った自分の文字をじっと見つめる。これを書いたとき、筆圧が強すぎてサインペンの先はぐにゃりと歪んでしまった。
紙を見つめながら、うーん、と唸り声をあげてワインを一口飲んだと同時に玄関の鍵の音がして、チカのただいまの声が響く。
「おかえり。夕飯、惣菜買っといたよ。作るって言ったのに」
「うちを火の海にされたら困る。あんた、私が見てないと火加減めちゃくちゃなんだから」
1回くらいカップケーキと弁当が上手くいったからといって調子に乗るなという意味だろう。鞄をソファーに放り出して楽な服に着替え始めたチカを尻目に調達してきた惣菜とワインのグラスを並べ始める。
「…この豪快な文字はなにがあったの?」
「自分がなにをすべきか書きだそうと思って書いた」
「そのいち、答えを出す。そのに、引っ越す。そのさん、病院…?あのさ、書くのはいいとしてもさ、『すべき』って考え方辞めたほうがいいよ。『答えださなきゃ!』って出した答えはあんたの場合気持ちが置いてけぼりになると思うんだけど」
「そうかな?でもさ、結局今のところ仕事行って、帰ってきてってして当初の目的の『考える』を見失ってると思うんだよね。昨日もまた藤くんのとこ逃げちゃったし」
「『考える』って頭ですることでしょ。いま、大事なのは頭で考えて出した答えより、あんたの心の答えだよ」
チカはそう言って紙をひらりと放り出すと化粧を落とすべく洗面所の方へ向かった。すとんと胸に落ちてきた言葉。そうだ、チカ曰く恋というやつは心でするものらしい。
思うに、私の精神は結構未成熟だ。失う恐怖を前に体育座りになって、先へ進むことを諦めてしまった。そんな私に恐くないよと熱心に声をかけ続けてくれたのは藤くんだ。
「私さ、『考えろ』とは言ってないよ。『悩みな』って言ったの。はい、漢字の問題です。『悩』という字の部首はなんでしょう」
「…心?」
「正解。あ、ねえ、それあっためて」
化粧を落として戻ってきたチカは得意のポエミーなことを言いながら私が買って来たエビチリを温めろと顎で促す。ほーい、と答えてオーブンレンジに押し込んだ。