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サイレントエモーショナルサマー
第35章 astuto
「……モテてるじゃん」
「うるせえよ」
やっぱり、浩志だ。目を開けて振り返れば、疲れたような浩志の顔。手を伸ばすと吸いかけの煙草が私の指に移る。いつ以来だろう。そっと吸い込んだ煙はただ、苦い。
「…お前、いつの間に煙草辞めたんだ?」
「気づいたら吸わなくなってた」
一口だけ吸った煙草を浩志に返す。指先が触れあったのがなんだかこそばゆい。特に会話はなく、浩志はゆっくりと時間をかけて煙草を吸った。吐息の音が耳に心地良い。
「俺も辞めるかな」
「そしたら苛々したときどうすんの?」
「……お前の顔、見る」
え、と彼の方を向くと真剣な眼差しが私を捉えていた。ごくりと喉が鳴る。こんな浩志も知らない。どくどくと煩くなる鼓動。熱を持った頬。表情を見られたくなかった。さっと背中を向けると、なんだよ、と笑う声がする。
「お前は?」
「……な、なにが」
「お前は今、どうしてんの」
藤くんに抱き締められたり、彼とセックスをすると落ち着くと言ってしまう訳にはいかなかった。黙り込むとさっきまでとは違う心地悪い沈黙が訪れる。
戻りたかった。浩志がただ隣に居るだけでほっと出来た頃に。
「…最近、浩志がよく分かんない」
沈黙に焦れてぽつりと言った。じゅ、と音が鳴って彼が灰皿に吸殻を放ったのだと気付く。
「こっち向けよ」
「…やだ」
「いいから、」
「やだってば」
肩を引かれ無理やり彼の方を向かされた。呆れたように笑った顔はよく知っている。
「人は、変わってくんだ。お前も変わっただろ。俺だって今までとなにもかも一緒ってわけじゃない。でも、お前を守りたいって感情はずっと変わらない」
わしゃわしゃと髪を撫でる手は心地よい。じっと目を見つめられ、キスの気配を察して目を伏せた。だが、車の停車音と少し遠くから聞こえてきた部長の声に気付き、慌てて距離を取った。
「おーお前ら。俺の出迎えか。みんな飲んでるか?」