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サイレントエモーショナルサマー
第35章 astuto
車の音は部長が乗ってきたタクシーのものだったらしい。建物の前をタクシーが過ぎ去っていくと酒が飲みたくて仕方ないらしいゴリラが、がははと笑いながらこちらへ向かってくる。
「いい感じに飲んでますよ、みんな下で待ってます」
「よし。じゃあ酌は都筑に頼むかな」
「……可愛い女子いっぱいいるんで私以外でお願いします」
部長に引きずられ、浩志と共に地下へと戻った。外していたのは10分程度だった筈なのだが、外す前よりも盛り上がっていて酒に酔った皆の声がそこかしこで大きく交差していた。
さっと駆け寄ってきた村澤さんは部長にビールで良いかと確認して注文用のタブレット端末を操作している。幾つか並んでいたビールのピッチャーはいつの間にか全て空になったらしい。ふと見れば酔っ払った東が相手方の女性社員に絡んでいる。森さんが止めに入っているものの力が及んでいない。
部長が席につくと気を利かせたミヤコちゃんが2人の女の子を連れて彼の近くへと移動する。そんな姿を尻目に隅の方の席に座った。浩志も私の隣に座ろうとしたのだが村澤さんに促され、別の女性社員の間に納まった。
「さっき、飲んでたのオレンジジュースでしたよね?」
ぼんやりと賑やかな光景を眺めていると、すっと目の前にグラスが差し出された。ああ、誰だっけ。確かさっき名前を聞いたばかりなのに。曖昧に礼を言ってグラスを受け取る。
「こういう場、あんまり得意じゃないんですか?」
「……ああ、まあ、そうですね」
「じゃあ、ふたりで静かなところに行きませんか?」
「なぜ」
「もう少し、都筑さんとお話してみたいんですけど。ダメですか?」
思わず、ぽかんと口が開いた。村澤さんが苦言を呈した通り、この場に居る私は愛想の欠片もない女だ。この人はなにを思ってこんなことを言ったのだろう。苦笑いを浮かべ、受け取ったグラスに口をつける。オレンジジュースの甘さに混じってウォッカの匂いがする。