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サイレントエモーショナルサマー
第35章 astuto
不愉快だ。テーブルにグラスを置く私を、彼はどこか怪しさを感じさせる目で見ている。気味が悪い。下手に隠そうとした下心などその辺の犬にでも食わせてしまえ。
「それか日を改めて食事でもどうですか?」
「食事もお酒も結構です」
ぴしゃりと言って、再び立ち上がった。もうダメだ、帰ろう。村澤さんごめんなさい。苛立つ私の手首を彼は信じられないほど強い力で掴んだ。ぞわりと全身が粟立つ。カッとなって乱暴に手を振り払おうとすると黄色い声が耳を劈いた。はっとそちらを見れば女性陣に囲まれ、左右からしな垂れかかられている藤くんがアホみたいに大きなジョッキを傾けている。
「藤くん、お酒強いんだね、もっと飲む?」
きゃあきゃあと楽しげな声。肉食系女子のパワーがこちらまで伝わってくる。唖然として私の手首を掴む力が緩んだ隙に手から逃れた。うろうろしている村澤さんを捕まえて、すみません帰りますと告げて荷物をひったくる。
部長にも簡単に挨拶と詫びをして内階段を駆け上がる。無性に掴まれた手首を洗いたくなってお手洗いに飛び込んだ。ざぶざぶと水を流し、力任せに手首を擦る。
手首から広がっていく不快感が抜けない。くそ、と吐き捨ててひたすらに手首を擦った。どれだけそうしていたかいつの間にか荒くなっていた呼吸が落ち着いた頃には擦り続けた手首が真っ赤になっていた。
― なにしてんだろ…自分
虚しさに似たなにかを胸にタオルで水気を拭ってお手洗いを出て、足を止めた。壁に寄りかかって不安そうな顔をした藤くんが居る。かなり酔っているようで頬がほんのりと赤い。
「大丈夫ですか?」
「……それ、藤くんが言うの?」
「まあ、ちょっと調子乗って飲みすぎましたね」
「大人気の藤くんがこんなとこに居たら向こうの女性陣残念がるよ」
「なにか感じてくれました?」
「藤くんってやっぱりモテるんだなって思った」
「それだけ?私のものなのに!とか思ってくれないんですか?」
「藤くんはものじゃないから」
「寂しいです。少しくらいジェラシーしてくださいよ」
言いながらゆるやかに私の手を取って真っ赤になった手首にキスを落とす。