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サイレントエモーショナルサマー
第35章 astuto
チカに連絡を入れてから乗り込んだタクシーの中、いつもなら悪戯に私に触れる彼の手は行き場を失くしていた。間に鞄を置いて、言葉もない。流れる景色を見つめながら隣の藤くんの気配を感じる。
私はいつまで、こうしているのだろう。チカが言う彼らが願ってくれているらしい私の幸せはどこにあるのだろう。目を伏せて考えた時、頭の中には夏季休暇明けに藤くんの家を出た朝の光景が浮かんだ。
数十分タクシーに揺られ、藤くんのアパートに到着。水曜の夜にも来たばかりなのに何年か振りのように感じられた。玄関のドアを開けて部屋に入るなり、彼はさっさと服を脱ぎだした。ぎょっとして見つめると、にこりと笑って私の服を脱がせにかかる。
「ちょ、ちょっと…藤くん?」
「嫌な匂い、志保さんが消して」
「いや…え?や、待って、ちょ、くすぐったい」
抵抗虚しく丸裸にされ、放り出された衣服を尻目に浴室へと押し込まれる。玄関に入ってすぐ浴室のアパートの構造でなければ出来ない芸当だ。私のマンションだったらこうはいかない。
浴室の戸を閉めた藤くんがシャワーのコックをひねる。壁のホルダーにかかったままのシャワーヘッドからお湯になりきっていない冷たい水が流れだし肩にかかった。
頭上から降り注ぐお湯の中、藤くんの首筋に手を伸ばす。早く、どこかへ行って。不快な匂いを打ち消したい一心で顔や髪が濡れるのも厭わず、そこを撫でてから唇を寄せた。
びしょ濡れになってお互いの身体を洗い合いながら、しつこくキスをした。もっと、とねだる暇もなく藤くんは私の頬を愛おしそうに撫でながら何度も口づけてくる。あまりに心地良いキスに腰が抜けそうになると、かわいい、と微笑んでお湯を止める。
「確かめて」
腰を抱かれ、縋りつく。ボディソープの匂いが勝っているけれど、藤くんの匂いがする。ああ、これだ。ちゅ、と首筋に口付けると彼の大きな手は濡れた私の髪を撫でる。