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サイレントエモーショナルサマー
第36章 pavida

「パン屋さん、行こうか。前に食べたメープルのデニッシュまた食べたい。で、コンビニでコーヒーとアイスも買って帰ってこよう。ね、」
「……」

まさかの無言である。への字に曲げた口元。ふるふるとかぶりを振って、拒否を示す。一体どうしたというのか。どうしたの、としつこく聞いても首を振るだけで何も言わない。昨晩は黙りこくる私を咎めたのではなかったか。

「お腹空いてるでしょ、ほら起きて」
「……」
「ほんと、どうしたの?嫌な夢、見た?」
「…見てないです。夢の中でも志保さんは素敵でした」

やっと口をきいたかと思えば想定外のことを言う。彼の夢には素敵な私が居たらしい。まあ、こうやってもたもたぐずぐずしている現実の私よりも夢の中の私の方が良いかもしれない。

空腹は耐えられないほどでもなかった。そんなことより様子のおかしい藤くんの方が気がかりだ。彼は私から言葉を引き出す術を持っているのに、私にはそれが出来ないのがもどかしい。

一方的に言葉を投げようか。でも、そうしたってきっと意味がない。

藤くんが起き上がったのは私が再び眠りにつきそうになった頃だった。つられて起き上がって時刻を確認すると13時を少し過ぎている。目覚めてからどれくらいの時間が経っていたのかは分からない。

「…シャワー浴びてきます」

ちゅ、と私の頬に口づけて髪を撫でるとベッドから出ていく。やはり様子がおかしい。20分くらい経って藤くんが出てきてから私もシャワーを浴びた。簡単に化粧をして服を着る。ソファーに並んで座れば彼の腕は当たり前に私の肩を抱くのにとにかく言葉がない。

ぽんぽん、と彼の太腿を撫でるように叩く。そっと顔を見ればにこりと微笑んで、キスをくれる。なんだ、これは。なにか企んでいるのだろうか。

「ね、藤くん。おでかけしよっか。今日、ほんとはどこか行きたかったんじゃないの?」
「……猫買いに行きたかったですけどもういいです」
「え、いいの?どうして?」
「……」

また、黙る。くそう。いつだか以上に藤くんの取扱説明書が欲しくなる。
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