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サイレントエモーショナルサマー
第37章 Passione
出端を挫かれるどころか、優しくばっきばきに折られた私に出来ることは仕事に打ち込むことだけだった。言葉通り睡眠によって復活した浩志は不自然に私との接触を避ける藤くんを訝しんでいたが特になにも言ってはこなかった。
それでいい。つつかれたら今の私は噛みつく。いつの間にか藤くんは私にとって精神安定剤のようになっていたのだ。その彼に触れられないことは想定以上のストレスとなり、たった数時間で私の導火線はかなり短くなっていた。
「……あんまり、あなたと話がしたい気分じゃないんだけど」
無理やり心穏やかを装って定時とほぼ同時に会社を出た私を呼びとめたのは成瀬ちゃんだった。私よりも10センチ近く背の低い彼女を見つめながら半ば吐き捨てるように言ったのだが、彼女は引き下がろうとはしない。
「少しでいいんです。お願いします」
会社の前で頭を下げられては無下にも出来ない。1年目の女の子を苛めているみたいじゃないか。吐きかけた溜息を飲み込んで、分かった、と言うと彼女は頭をあげた。
会話などなく、10分ほど歩いた先のコーヒーショップに腰を落ち着ける。向かい合って座って、アイスコーヒーをがぶ飲みする私に反して成瀬ちゃんはアイスカフェラテのグラスを手にストローをぐるぐると回して言葉を探しているようである。
「……あたし、中原さんのこと好きなんです」
唐突な発言にグラスを落としそうになった。へ?と声とも言えぬなにかを漏らして成瀬ちゃんの顔を見る。今にも泣き出しそうな顔。どうして彼女がそんな顔をするのだ。
「最初はただタイプだなって思ってただけでした。けど、会社で見かける度に目で追うようになって、もっと中原さんのこと知りたくなって、あたしのこと覚えて欲しくなったんです」
言いながらぽろぽろと涙をこぼす。ぎょっとして鞄から取り出したハンカチを彼女に渡すと、漫画のように思いきりそれで鼻をかまれた。もうそのまま捨てて貰おう。