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サイレントエモーショナルサマー
第37章 Passione
◇◆
どんな場においてもコンディションというのは多大な影響を及ぼす。こちらがどんなに相手を思って、言葉を選んで伝えても、相手の気持ちが整っていなければきっとその言葉の殆どは真っ直ぐ届かないだろう。
私は、相手を思うということを殆どしてこなかった。いつだって自分本位で、私がこう決めたのだからこうすると生きてきた。人の気持ちが整うのを待つということも初めての経験である。成瀬ちゃんと話をした晩に私なりに穏やかな言葉を紡ぐことが出来たのは脳裏に『彼』の表情がいくつも浮かんでいたからだ。
浩志とも話をしたかったが、彼もなにかを察したのかそれは週末まで待ってくれと言った。勿論、私は分かったと答え、仕事中は普段通りに接することが出来ている。でも、その普段通りが却って彼と私との距離を遠くしていた。
「くっそ!苛々する!」
「はい、これ食べて」
唐突な藤くんの『しません宣言』から時は経ち、水曜の晩である。きぃっと声をあげソファーで足をバタバタさせる私にチカは半笑いでチョコレートの包みを差し出した。受け取ったそれを乱暴に開いて口に放り込む。はい、と続いて差し出されたのはライム味の缶チューハイだ。
プルトップが上手く引けず、苛々する。ああ、そうだ。欲求不満の時の私はこんなくだらないことで苛立つほど短気な女だった。自分で焦がしたトーストに苛々してゴミ箱にぶち込んだこともある。
仕事中はなんとか苛立ちを抑え込んでいると思う。村澤さんから先日の飲み会であった男がお前の連絡先を知りたがっているから教えて良いかと言われたり、ケアレスミスクイーンの火の粉を被ったり、東がコピー機の紙詰まりを放置して知らぬ存ぜぬを決め込んだ場面を見てしまったり、と色々あったが爆発せずに済んでいる。
チカが大量に持たせてくれたチョコレートのおかげだろう。だが、その効果もそろそろ切れそうだ。