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サイレントエモーショナルサマー
第37章 Passione

◇◆

性欲が満たせないならば、とりあえず食欲の限界を越えよう。そう思い立ったのは昼休憩が差し迫ったころだった。気を使ってくれているらしい浩志にどこかへ食べに行くかと言われたが、ひとりで行くと告げて財布片手にフロアを出る。

そうだ。こんな時はお腹がはち切れそうになるほどのご飯の量のトキタのカツ丼にしよう。ひとりで定食屋だって余裕だ。ふんふんと無理やりご機嫌になってトキタへと向かった。

「あ、お疲れさまです」
「おう。お前がひとりは珍しいな」

相席になります、とおばちゃんに案内された先で麦茶を啜っていたのは部長だった。私が注文を済ませて数分後には部長の前にサバ味噌定食がやってくる。

「お前、どうだ最近」
「……それはプライベートな件に関してでしょうか」

サバ味噌に箸を入れながら問われ、部長の顔を見るとあまり見た事のないにやにや笑いだった。どう考えても仕事に関することではないだろう。となると彼が気にしているのは村澤さんたちとやっている賭けの行く末に違いない。

「村澤さんから聞きましたよ。部長だけ藤くんに賭けてるって。まったく、酷いですよ」
「すまんすまん。なんだかな、お前ら見てると懐かしい気持ちになるっていうか。特に藤はな、昔の自分と被ってな」

それを聞いて私は首を傾げる。昔の部長?ああ、そうか、内面と言うか状況の話か。見てくれだけを言えば藤くんと部長はまさに正反対だ。被りようもない。

「俺もな、妻と結婚する前は全く相手にされてなかったんだ。歳も向こうの方が3つ上で。だから藤を見てると肩入れしたくなっちまうんだな。お前も頑張れよって」

照れくさそうに言う部長はきらきらと輝いて見える。この人も恋をして、添い遂げる相手を選んで、その人を愛して生きているのだ。藤くんと重ねてしまうという部長の若い頃を思うとなんだか笑ってしまいそうにもなったし、胸があたたかくもなる。

こそばゆさを覚えながら食べたカツ丼はやっぱりご飯の量が多くてお腹が破裂しそうになった。部長は私の昼食代もさり気なく支払ってくれて、仕事も恋も頑張れよ、と私の背を叩いた。結構な力で、正直痛かった。
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