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サイレントエモーショナルサマー
第38章 affetto
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真っ白な空間。一歩、足を踏み出してみると地面から数センチばかり浮いている。ふと自分の姿を見てみると真っ白なワンピースを着ている。まるで死に装束だ。
賑やかな声がする。花に誘われるミツバチのようにふらふらとそちらへ近づく。
ああ、チカだ。それから浩志と藤くんも居る。見慣れた後姿に頬が綻んだ。駆け寄ったつもりだったが、私はふわりと宙に浮いていた。
ねえ、チカ、と彼女の肩を叩こうとした手はするりとすり抜ける。浩志?藤くん?どうして気付いてくれないの。私は、ここに居るよ。
いくら声を出しても、声にはなっていなかった。何度呼びかけても彼らは振り返ってくれない。
そうか、やっぱり私は死んだのか。
泣き出しそうな気持ちで後姿を見ていると名前を呼ばれた。思い出せなくなって久しい声だ。
振り返るとたった一度だけ私を褒めてくれたときのように微笑んだ両親の姿がある。
彼らは食卓テーブルについていて、そこには誕生日ケーキが置いてあった。生クリームといちごがたっぷりのケーキ。そんなの、食べたことない。彼らは私がチーズケーキを好きなことを知らぬまま亡くなった筈だ。
『おいで、志保』
ノイズ交じりの声。両親の声はこんな声だったっけ。覚えていない。あなた達は私の名前を何度呼んでくれた?物心ついてからの私を抱き締めてくれたことがあっただろうか。
『こっちへいらっしゃい』
甘ったるい声。聞き覚えはない。足は命じられたようにそちらへと向いた。そっちへ行けば私はもうあのあたたかい場所へ戻れないのだろう。
いや、待て。行ってたまるか。まだ伝えてないことがあるのだ。藤くん。私はあなたにもっと、もっと、ありがとうと伝えたい。笑って、泣いて、時には喧嘩をするかもしれないね。だけど、あなたと生きていきたい。
こんなところで死んでたまるか!