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サイレントエモーショナルサマー
第38章 affetto
◇◆
脳をはじめとした内臓に損傷はなく、怪我らしい怪我といえば左肩の打撲程度だった。一番つらかったのは検査の為の絶食だった入院生活は明日で終わりを迎える。明日は、土曜だ。浩志と話をしてからぴったり一週間が経つ。
チカは毎晩仕事終わりに見舞いにきてくれた。絶食期間中には部長と村澤さんがスイーツと共にやってきてくれたが、それはチカが持ち帰った。
「…お前、まだ食うのか。腹壊すぞ」
呆れ声。私の顔など見たくないだろうに見舞いに来てくれた浩志はベッドの上で彼が持ってきてくれたアイスクリームの蓋を開ける私を溜息交じりに見ている。今しがた一つ目を食べ終えて、すぐさま二つ目に手をかけたからだろう。
なんとかかんとかという牛乳にこだわった店の高級なアイスクリーム。浩志は何故かそれを三つ買ってきてくれたが、彼は自分では手をつけていない。
やけ食いなのだ。月曜には部長と村澤さんが見舞いに来てくれて、都筑って頑丈だななどと言われたからではない。私が事故に遭って入院していることなど部署の人間は愚か会社中に広まっているらしいのに藤くんが見舞いに来てくれないことに私は拗ねている。
「浩志さ、なんであの日来てくれたの?私がどういう答え出したか分かってた?」
「…お前が気付いてなくても俺はずっとお前を見てた。藤をどう思ってるかなんてお前の顔見れば痛いくらい分かったよ」
「……ごめん」
「いいんだよ、俺はお前が幸せならそれでいい。あいつがちゃんとお前を守っていけるならそれでいい。我侭言って振り回してやれ」
「…ん」
「明日、退院だろ。あいつ呼び出して喝入れろ。腑抜けで使えやしねえ」
それから少し話をして浩志は帰っていった。浩志曰く、藤くんは全く仕事に集中できておらず、心ここに非ずといった様子らしい。それなら来てくれたっていいじゃないか、と思う。私は彼に伝えたいことがあるというその一心で両親の幻影に背を向けたのだ。
病室では通話以外のスマートフォンの使用が許可されていた。なんとなく連絡をしづらくてなにも送らずにいたが、消灯前に明日退院するという旨のメッセージを送った。
顔が見たい。抱き締めてほしい。彼はちゃんと食事を取っているだろうか。静まり返った病室で硬いベッドに身体を横たえて目を閉じる。耳の奥で藤くんが優しく私を呼ぶ声が聞こえたような気がして、穏やかな気持ちで眠りについた。