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サイレントエモーショナルサマー
第38章 affetto
◇◆
「絆創膏、取れて良かったね。傷も残ってないし、恐るべし志保の生命力」
「…ほんとびびるよね。まだ肩痛いけど」
翌日、朝一番でチカは病室にやってきてくれた。1週間ぶりに袖を通した私服。右頬に貼ってあった大きな絆創膏は顔を洗う際に潔く剥がした。幸いにも傷は残っておらず、あとは左肩の打撲の回復を待つばかりだ。
「手続きしてくるから残りの荷物纏めときな。とりあえず、1回私の家戻るってことでいい?今日も泊まってもいいし、ま、それは後で考えよ」
「うん、ありがと」
「退院祝いでご馳走を作ってあげよう。スーパー寄って帰ろう」
ひらりと手を振って病室を出ていくチカを見送る。簡単に化粧をして、そう多くはない荷物をボストンバックや紙袋に詰め込んでいった。
病院の硬いベッドや、妙に静かで寂しい個室とも今日でおさらばだ。胸の中で、世話になったなと紡いで室内を見回す。二度と戻ってこずに済みますように。そんなことを考えていると、開けっ放しの筈の病室のドアがノックされる。
こん、こここん。聞き覚えのあるリズムにはっとして振り返る。そろりと顔を覗かせたのはチカではなく、藤くんだった。
「……藤くん、」
ベッドに無造作に置いてあった紙袋が床に落ちる。拾い上げる時間すら惜しくて駆け寄った。
気まずそうな表情の藤くんは無言で強く抱き締めてくれる。そうだ、この体温だ。この匂いだ。
「……会いたかった」
背中に右腕を回して力を込める。胸元に額を押し付けて、目を伏せた。
「…ごめんなさい…俺、」
「いい。ごめん、私も…色々、ごめんね、心配かけたね」
「…あの時…俺が電話出てたらって思って…軽傷だって聞いたんですけど…恐くて、」
「大丈夫。しんどかったの絶食くらいだし。ちょっと肩はまだ痛いけど…」
私が言うと藤くんはやや慌てた様子で身体を離して、そっと私の右肩に触れた。逆である。左だよ、と言うと情けなく笑って左肩を撫でてくれる。
「下でチカさんに会って…えっと…後は任せたってお帰りになりました」
「…なるほど」
「行きましょう。送ります。荷物、これだけですか」
ベッドの下に転がった紙袋とボストンバックを軽々と片手で持って、藤くんは左手を私に差し出す。改まってみると、手を繋ぐというのは結構照れくさい。私の躊躇いを察したのか彼はさっと私の右手を取って、行きましょう、と微笑んだ。