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第1章 トレンチコートのおんな
夜風にあたりながら、Aと店の外で談話を続ける。時々、路上を走る車の音が、まるで何かのレザーバッグを冷たい鉄球で引っかくように聞こえていた。
「今夜は月が綺麗ね。織り姫と彦星がそろそろ出会う頃合いかしらね」
「・・・・・・」
「I Love Youって『月が綺麗ですね』って、夏目漱石は訳したのよね?」
「まぁ、そうですね」
数十秒の沈黙がここで流れる。明日のことなどすっかり忘れていた。
「タクシーで今日は来られたんですかね?私、家近いですからぁ~!」
だがしかし、Aが私に寄りかかって、寂しそうな顔をしながら路面のアスファルトを見つめる。
「・・・・・・」
それでも、それでも、やはりAのお子さんたちのことが頭に何度何度も過ぎってしまう。この馬鹿野郎とAと、そして私自身にも怒号をあげる気持ちで、ただただ店の外で二人突っ立っていた。
「私、明日仕事なんですよ。だけども・・・・・・」
明日のことを冷静に思い出したのはいいが、この目の前のAを大切に出来なければ、そちらの方が後悔になるのではないかとさえ、この瞬間にふと思う。でも、いやらしい女だなと思っている部分が一番大きい。
「私は独身で彼女も居ない。私が昔から好きなのはガンダムの模型です。でもAさんには家族が居る、別居状態かもしれないけども」
何が言いたいかくらいさすがに分かるはずだ。勿論、Aはそれくらい計算済みのつもりなのかも知れないけども。
「健也くん、鈍感なのね。わたし、残念だわ」
「・・・・・・Aさん、一言言っていいですか?」
「何?」
腹の底から沸き上がってきた想いが次のように口から出た。
「おぃ、馬鹿野郎!ばかやろうがばかやろうしてんのか?そりゃばかやろうじゃねぇか」
怪訝な顔をして、Aが私を見つめる。そして、次の瞬間彼女の手を握って、そのまま目の前にさっきから止まっていたタクシーに連れ込んだ。
◆
煌びやかな国道沿いの街灯がどんどん視界から遠ざかってゆく。街の外れ、海沿いを走らせて二人黙ったまま手を握っている。
渚が月の光にキラメいて妖艶なうねりを帯びてゆく様は、その時のAに似つかわしく思えた。
そして、二人たどり着いた場所は、綺麗な模型の城のような人工空間。もう戻れない、真夏の深夜のパラダイス。
「今夜は月が綺麗ね。織り姫と彦星がそろそろ出会う頃合いかしらね」
「・・・・・・」
「I Love Youって『月が綺麗ですね』って、夏目漱石は訳したのよね?」
「まぁ、そうですね」
数十秒の沈黙がここで流れる。明日のことなどすっかり忘れていた。
「タクシーで今日は来られたんですかね?私、家近いですからぁ~!」
だがしかし、Aが私に寄りかかって、寂しそうな顔をしながら路面のアスファルトを見つめる。
「・・・・・・」
それでも、それでも、やはりAのお子さんたちのことが頭に何度何度も過ぎってしまう。この馬鹿野郎とAと、そして私自身にも怒号をあげる気持ちで、ただただ店の外で二人突っ立っていた。
「私、明日仕事なんですよ。だけども・・・・・・」
明日のことを冷静に思い出したのはいいが、この目の前のAを大切に出来なければ、そちらの方が後悔になるのではないかとさえ、この瞬間にふと思う。でも、いやらしい女だなと思っている部分が一番大きい。
「私は独身で彼女も居ない。私が昔から好きなのはガンダムの模型です。でもAさんには家族が居る、別居状態かもしれないけども」
何が言いたいかくらいさすがに分かるはずだ。勿論、Aはそれくらい計算済みのつもりなのかも知れないけども。
「健也くん、鈍感なのね。わたし、残念だわ」
「・・・・・・Aさん、一言言っていいですか?」
「何?」
腹の底から沸き上がってきた想いが次のように口から出た。
「おぃ、馬鹿野郎!ばかやろうがばかやろうしてんのか?そりゃばかやろうじゃねぇか」
怪訝な顔をして、Aが私を見つめる。そして、次の瞬間彼女の手を握って、そのまま目の前にさっきから止まっていたタクシーに連れ込んだ。
◆
煌びやかな国道沿いの街灯がどんどん視界から遠ざかってゆく。街の外れ、海沿いを走らせて二人黙ったまま手を握っている。
渚が月の光にキラメいて妖艶なうねりを帯びてゆく様は、その時のAに似つかわしく思えた。
そして、二人たどり着いた場所は、綺麗な模型の城のような人工空間。もう戻れない、真夏の深夜のパラダイス。