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銀木犀の香る寝屋であなたと
第3章 婚姻
「おはようございます」
「珠子さん、おはよう」

 珠子は文弘より早く起き出し、身なりを整えたのち姑の高子に挨拶をする。
藤井男爵はやはり体調がすぐれないらしく、寝室からめったに出てこず、話をしたことがなかった。

 高子は珠子よりも背が高く、がっちりとした体格で肌の色はやや浅黒く、野性味あふれる趣がある。パーマネントをかけ洋装がよく似合い外国人の婦人たちにも引けを取らない。

 もったりとした、白いつるりとしたうりざね顔の珠子とは対照的である。
余計なことは言わず質実剛健な様子で使用人を取り仕切っている。伏しがちな藤井男爵に代わって色々と采配されているようだ。
文弘も何かあれば高子に相談する。


 今日の予定は高島子爵夫妻と会食がある。日々社交だ。
珠子は実家で家事や繕い物をすることがあったが、ここでは何もすることがない。文弘の身支度を手伝い、社交場について行くか、高子について行くくらいだ。
そして妻の珠子と紹介され、挨拶をする。
 多くの人に会うが同じ話の繰り返しで表面的なことをなぞるだけの会話に、珠子は退屈極まりない。
 一度、特に予定のない日に拭き掃除をしようとしたことがある。階段の手すりを磨こうとしたところ高子に止められた。


「珠子さんは跡継ぎを身ごもることが一番ですからね。このようなことはメイドにお任せなさい」
「はい……」

「退屈でしたら……庭の花を愛でるといいですわ。摘んでお部屋に飾りなさい」
「ありがとうございます」


 それから庭を散策し時間をつぶすことになった。沢木家と違い藤井家は薔薇が咲き誇る洋風の庭だ。
花の香の高さに珠子はうっとりとするが、とってつけたような芳香はまるで社交界のようだと感じる。

 実家の銀木犀はそろそろ香り始めるだろう。記憶に残る香りを思い出し、少しだけ郷愁の念に駆られた。
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