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銀木犀の香る寝屋であなたと
第6章 再生
――今までの人生を振り返る。

 キヨは貧しい小作の一番末娘で家族からは持て余されてきた。そんな折に藤井家からの妾の話が来たときは家族中が喜び、キヨの意思などお構いなく藤井家に出した。

 彼女も家族から疎まれるよりはましだと思い、たとえ子供を産むだけの存在だとしても良しとして話を受ける。
つらいとも悲しいとも嬉しくも何もない感情でやってきたが、文弘を一目見て恋をした。
身近な男たちとは違ってまるで夢の中の様な人物だった。

 手を触れることが出来ない砂糖菓子の様な触れると溶けてしまうような美しい文弘の子を産めると思ったときに、初めて生きてきてよかったと思った。
そして文弘の子を身ごもった時、珠子への優越感が沸いた。



――そのことが今でもキヨに罪悪感を呼び覚ます。

 珠子は妾のキヨを蔑むことも憎むこともせず静かに見守ってくれていた。吉弘を眩しそうに見つめ、キヨを素直に羨んでいる様子だった。

 藤井家が没落してしまった今、珠子が女主人としての責任を躍起となって果たそうとしてくれている。ここまでしてもらって良いのだろうかと思う。自分も吉弘も珠子には何の関係もない人間なのだ。
 かつて勝手に恋敵のように思った自分を恥ずかしく思う。珠子の懐はとても深く、今ではすっかり彼女の信奉者だ。それゆえ今の状況が心配でたまらない。

 ふとキヨは珠子の心の拠り所はどこにあるのだろうかと考えた。亡き文弘は行為のさなか、「かあさま」と恐らく高子のことを呼んでいた。
後でメイドたちの噂話によって高子と文弘の血は繋がっておらず、キヨのような妾に産ませた子だと知った。
それがどうして、母親の名前を行為の最中に呼ぶようになったのかはわからない。知りたいとも思わない。
 ただ珠子にも心に想う人がいるのだろうかと、キヨは文弘と珠子が時折見せる似たような眼差しを思い出していた。

「んんん、に、い、さ」

 汗ばんでうなされている珠子の額の汗をぬぐう。(わたしの主人は珠子さま……)
今後どうなろうと、どう決断されようとキヨは珠子に従う決心をした。
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