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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第1章 夏の華
「…それからは貧しくて、花火見物どころではなかったらしい…。松濤の縣家に引き取られてからは、新しい生活に馴染むのに忙しくて、花火大会のことも忘れていたと言っていたよ。
…松濤では大川の花火は見られなかっただろうしね…」
大紋の優しく暁に想いを馳せる言葉に、月城はいてもたってもいられなくなる。

月城自身も貧しく厳しい環境で育ってきた。
だから、暁の切ない子ども時代の気持ちは手に取るようによく分かる。
月城の幼少期は、酒飲みの父親が突然行方不明になり、貧しい漁村で母が月城を始め幼い弟や妹を女手ひとつで育て上げたのだが、弟妹がいる分、寂しいということはなかった。
母も逞しい北陸の女で、強く踏ん張って子どもたちを育ててくれた。

…だが、暁は…
いかがわしい仕事をしながら暁を育てる母親や、その母親にハイエナのように寄生し、乱暴をする男達を見て育って来たのだ。
本人も危うく男達の餌食になりそうになったこともあるらしい。
恐怖や惨めさでは、月城の幼少期と比べ物にならない辛い想いをしている。

…その暁の唯一楽しかった想い出が、大川の花火大会なのだ。
…恐らく、月城を誘って一緒に行きたかったのに違いない。
だが、自分が宮内庁参拝の仕事があると言ったので、それを言い出せなかったのだ。

暁のいじらしさと謙虚さに月城は胸が熱くなった。
…暁様…!

月城の心情を知ってか知らずか、大紋は穏やかに言った。
「…暁はそういう人だ。…自分の気持ちより他人の気持ちを尊重して、何もなかったかのように微笑っている…そういう優しい人だ…」

「春馬!何をしているんだ⁈こっちで一杯やろう!」
客間の中央から、九条子爵の子息らしき人物が声をかける。
大紋はそれに手を挙げて応えながら、月城に明るく笑った。
「…では行くよ。邪魔したね…」
背中を見せた大紋に思わず問いかける。
「…良くご存知でしたね。…花火大会の日にちを…」
大紋はゆっくり振り返り、少し寂しげに微笑みながら告げた。
「…連れて行ってやりたかったんだ。…暁を…。
綺麗な花火を見せてやりたかった。…暁の笑顔を見たかった…」
…今更だがね…と呟いた。

そして…
…それはもう君の役目だな…と、静かに告げると月城の肩を叩き、華やかな紳士達の輪の中へと入っていったのだった。
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