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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第10章 初月の夜も貴方と
「…そうでしたか…。暁様がお雑煮に思い入れがある理由が初めてわかりました」
そう言って月城は優しく眼を細めた。
暁はそのひんやりとした手を握りしめる。
「ねえ、能登のお雑煮はどんなの?月城のお母様はどんなお雑煮を作られたの?」
月城はその手を愛おしげに握り返す。
「…私の家も貧しくて…きちんとしたお雑煮は食べたことはありませんでした。母は色々と工面してくれましたが、お餅を買うことができなかったのです」
「…そう…」
月城の家は放蕩者の父親が早くに出奔して、母親が女の細腕で月城ら兄弟三人を育て上げた。
月城も中学を卒業してからは烏賊釣り漁船に乗り、漁の仕事がない時は旅館の下働きなどもしながら家計を支えた。

「北白川伯爵が給費生を探しに村に視察に来られ、私を見出して下さり、執事見習いになってからは実家に仕送りが出来るようになりました。
伯爵は私の実家の状況も加味して過分な給金を下さいました。
…初めてお雑煮が食べられたと弟から手紙が届いた時は…私の方が嬉しかったです」
月城の端正な瞳の中に、昔を思い出すような懐かしい色が浮かぶ。
「…そう…」
月城は暁を見つめて小さく笑った。
「実は私はちゃんと故郷のお雑煮を食べたことがないのですよ」
暁は眼を見開く。
「…え?」
「北白川伯爵家で雇って頂くまで、貧しかったので正月にお雑煮を食べられなかったのです。…粟と稗が混ざった雑炊に小さな桜海老を載せるのがせいぜいでした…」
「…そうだったの…」
「下働きしていた旅館でその家のお嬢さんが召し上がるお雑煮を運んだことがありました。
大きくて色鮮やかな車海老が載ったお雑煮でした。
…それを見た時に、いつかこんなお雑煮を母や弟妹たちに食べさせてあげたいと強く思いました。
だから…弟の手紙を読んだ時は…本当に嬉しかった…。弟の手紙には、大きな車海老が載ったお雑煮の絵が描いてあったのです」
思い出し笑いをする月城の眦にしみじみとした情感が滲む。
「…月城…」
月城が暁の手を取り、その指にくちづける。
「…北白川伯爵家も食事はすべて西洋式ですからね。…お正月は賄いもやはり西洋料理です。ですから私はちゃんとお雑煮を食べたことがないのですよ」
そう言って暁を和ませるように明るく笑ったのだ。



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