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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第12章 その愛の淵までも…
その深夜のことだ。
階下の執務室の机に向かい、日誌を付けている月城の耳に軽やかなノックの音が響いた。
「…はい」
「失礼いたします」

…入って来たのは長身のお仕着せの下僕姿の藍染であった。
月城は静かに貌を上げた。

ランプの灯りに照らされた藍染は、端正な…やや華やかな色味を纏った人当たりの良い微笑みを浮かべ、頭を下げた。
「庭園の見回りは終わりました。東翼、西翼にも異常はありませんでした」
…この屋敷で働くようになってまだ日が浅いのに、その要領が良く気働きのする仕事ぶりは眼を見張るものがあった。
…出身は市井の青年らしいが、言葉遣いや立ち居振る舞いには品があり、きちんと躾られた育ちが感じられた。

「ご苦労でした。もう休んで良いですよ」
声をかけると、藍染は人の良さげな笑みを湛えたまま尋ねた。
「他にご用はありませんか?何なりと申し付けてください」
愛想も良く気が利くので、年長下僕や家政婦にも可愛がられているという話も頷ける。

月城はペンを置きながら、静かに微笑む。
「ありがとう。もう全ての業務は終了しました。ゆっくり休みなさい」
「…そうですか…。それでは失礼いたします」
折り目正しく一礼し、藍染は月城に背を向けた。

月城が再びペンを取り上げた時、その声は聞こえた。
「…暁様…とてもお美しい方ですね」
月城の手が止まる。

藍染がゆっくりと振り返る。
ランプに照らされたその瞳には相変わらず笑みが湛えられているが、その細部までの表情は読めない。
「あんなにお美しい方は、生まれて初めて拝見しました。…今日、温室で月城さんとご一緒にいらっしゃる暁様をお見かけして…余りのお美しさに息が止まるかと思いました」
…無邪気なようで、どこかひんやりとした冷たさが感じられる声だ。

「…君は、私と暁様の関係をもう知っていますか?」
月城は慎重に尋ねる。
「伺いました。…月城さんと事実上ご結婚されていると…」

藍染が一歩、月城の前に歩み出した。
「…男性同士でご結婚とは正直驚きました」
…けれど…と言葉を継いで、夢見るような眼差しを細めた。
「…あんなにもお美しい方ならば、分かります。
…僕も暁様なら結婚してでもお側にいたいと願うでしょう」
…貴方が羨ましい…心底…。

僅かな囁きが鼓膜を掠めた瞬間、磨き上げられた眼鏡越しに、月城の怜悧な瞳がきらりと光った。


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