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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第12章 その愛の淵までも…
…階段下の踊り場から男女の話し声がする。
扉の陰に身を潜め、様子を伺う。

「で?俺と付き合いたいわけ?」
はっとするほどに冷たい声は…新入りの下僕の藍染だ。
「つ、付き合いたいだなんて…そんな…わ、私はただ…藍染さんが好きだって…言いたかっただけです…」
林檎のように顔を真っ赤にして小さな声で告白しているのは、一番年若なキッチンメイドの梢だ。
そばかすが特徴の小柄な愛くるしいメイドだが、明るく働き者の性格で他の使用人達にも大変可愛がられている。
その梢に向かい、藍染は腕を組んだまま睥睨するように見下ろし、薄く笑いながら言い放った。

「悪いけど、そういうの迷惑だから。僕は君みたいな田舎娘、全く興味もないし、好きにもならない。
僕を好きになっても時間の無駄だよ。他を当たってくれ。…それから、二度と僕に色目を使わないでくれる?
不愉快だから」
容赦ない返答に、梢は弾かれたように藍染から離れ…次の瞬間、愛らしい顔を歪めながら脱兎の如く階段を駆け下りていった。

藍染はその様子を可笑しなものを見るかのように見下ろし、唇だけで冷たく笑った。

月城はゆっくりと階段を降りて行った。
足音に藍染が月城を見上げる。
藍染は少しも悪びれた様子もなく、無邪気に笑った。
「月城さんも人が悪いな。聞いていらしたんですか?」

月城は踊り場で立ち止まり、怜悧な眼差しを藍染に当てる。
「…もう少し優しい言い方はできないのですか?」
藍染が形の良い眉を跳ね上げる。
「断るにせよ、もう少し思いやりのある言葉をかけてあげたらどうですか?梢はまだ16歳です。傷つき易い年齢なのですから…」
その言葉を聞いた藍染が弾けるように笑いだした。
月城は眼鏡の奥の切れ長の瞳を細めて藍染を見る。
「何か可笑しいことを言いましたか?」
ひとしきり笑うと藍染はその心の内が全く見えない仮面のような笑みを浮かべた。
「…随分余裕ですね。
だけど、他人の色恋に口出ししている場合ですかね」
月城の端正な眉が僅かに寄せられた。
「どういう意味ですか?」
藍染は月城に向き直り、まるで楽しい話をするかのようににこにこと口を開いた。
「…大切な伴侶を二週間も放ったらかしにするようなひとに色ごとの注意をされてもねえ…。説得力がありませんよ。月城さん」


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