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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第13章 永遠の最果て
鬼塚は不意にどこかが痛むような…切ないような不思議な表情をした。
「…妹は自分が暴行された記憶の一切を失っていた。
俺は外国に養子に貰われていったと聞かされたようだ」

少し誇らしげな貌をして、薄く笑った。
「妹は飛びきりの美少女だった。入院していた病院でたまたま妹を見かけた子どもが出来ない資産家の夫婦に気に入られ、養女になった。
…夫婦に可愛がられ名門の女学校に進み、まるで生まれ変わったかのように幸せで豊かな生活を送っていた。
記憶喪失は孤児院にいる期間に及んでいたようで、なんの違和感もなくすんなりと新しい人生に馴染んでいったようだ。
その頃までは俺は非番になる度に密かに妹を遠くから眺めに行った。
…綺麗な着物を着て、女中に傅かれ、稽古事に出かける姿を見て、俺は生まれて初めて神に感謝した。
妹からあの忌まわしい記憶が失われていたことと、優しい養父母に巡り会えたことをだ。
…妹が富裕な令嬢達の中で楽しそうに笑っているところも見た。
妹は誰よりも美しく、気品があり、きらきらと輝いていた」
…眩しいくらいだった…と鬼塚は呟いた。

そしてくすくすと笑いながら続けた。
「…一度、こっそりと覗き見をしていた俺の前に妹が不意に現れたことがあったよ。
たじろぐ俺をじっと見つめ妹は…少し不思議そうな貌をしてこう言った。
…どちらかでお会いしたことがありましたかしら…?てね。
…妹は俺のことも覚えてはいなかったんだ」
絶句する暁に、可笑しそうに笑いかけた。
「俺はすぐさま答えた。
いいえ、お嬢さん。俺みたいな下品な憲兵が貴方のような方と知り合うはずがありません…てね」
鬼塚は片頬だけで笑い、続けた。
「妹は三年前に京都の大学教授のもとへ嫁いでいった。
昨年、子どもも生まれたと風の便りで聞いた」
…良かった…と独り言のように呟いた。

「妹さんに会いたくはないのですか?」
暁は尋ねた。
鬼塚はきっぱりと答えた。
「いいや。妹の人生に俺はもう存在していないのだ。
それが妹の幸福なのだ。だから俺はもう二度と妹と会うつもりはない」

沈黙が二人の間を支配した。
暁は静かに口を開いた。
「…珈琲をもう一杯いかがですか?」
鬼塚はゆっくりと暁を見上げ、静かに笑った。
「いただこう」


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