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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第13章 永遠の最果て
階下に降りると、玄関ホールで光が待ち構えていた。
勝気な美しい黒い瞳は涙で潤んでいた。
光は暁に近づくと、赤い天鵞絨の宝石袋を手渡した。
「持っていってちょうだい。何かの足しにはなるわ」
暁は眼を見張った。
…それは、光が麻宮侯爵夫人から譲り受けた麻宮家の家宝のダイヤモンドのティアラであった。
5カラットはあろうかというブリリアントカットされた希少なブルーダイヤモンドが五つもあしらわれたそのティアラは、光が一番大切にしていた宝飾品であった。
とっておきの舞踏会や夜会の時に美しく結い上げた艶やかな黒髪に付けるそれは、まるで女王の出で立ちのように辺りを払うような威厳とオーラを光に与えていた。
「おかあちゃま、きれい!」
美しく装われた母を菫はうっとりと見とれたものだ。
「いずれ、菫にあげるわね」
光は愛おしげに菫にキスをしていた…。

…そんな光景が昨日のことのように蘇る。
暁は頑として断った。
「こんな大切なものを、受け取れません!」
これは菫が受け継いでゆくものだ。

光は強い力で暁の手にティアラを渡し、痛いほど手を握りしめた。
「受け取ってくれないと怒るわよ」
「…義姉さん…」
光は優しく笑った。
「私、貴方達が大好きなの。…こんなことくらいしかして差し上げられない自分が悔しいわ。
だからお願い。受け取って」
…勝気で男勝りで活発で華やかな義姉…。
礼也と結婚した時は、嫉妬で複雑な気持ちになったこともあったがそれは自分の僻みであり、光はいつも暁に優しく打ち解けようとしてくれていたのだ。
月城と暁の結婚を誰よりも喜び、影となり日向となり力となってくれたのも光であった。
亡くなった母親以外女性の身内がない暁には、唯一の肉親であった。
「…義姉さん…!」
光が暁を抱きしめた。
光の趣味の良い香水が鼻先を掠める。
この匂いを感じることも、もうできないのだ…。
暁は光を強く抱きしめ返した。
今更ながら、自分の中での光の存在をまざまざと感じた。
「…僕も義姉さんが大好きですよ…」
光が本物の姉のように優しく髪を撫でてくれる。
「こんな馬鹿馬鹿しい戦争はすぐに終わるわ。
そうしたら、一番に貴方達に会いにゆくわ。フランスは私の第二のふるさとですもの。今から楽しみだわ」
まるですぐに来るバカンスの計画を話すように光は笑った。
「…義姉さん…」
…光には、敵わない…。




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