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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第13章 永遠の最果て
玉木は二冊の黒革の手帳を月城に手渡した。
「ひとつは暁坊ちゃんの旅券で、もうひとつは月城さん、貴方の旅券ですたい」
月城は驚きに眉を上げた。
「…しかし、私には旅券はないはずですが…」
月城の旅券はとうの昔に切れていたはずだ。

「これは私の旅券だ」
背後からの声に振り向く。
「礼也様…?」
礼也が旅券を開き、にやりと笑った。
「…さすが玉木だ。上手く偽造出来たな。昔取った杵柄とは正にこのことだ。まだまだ腕は現役だな」
褒められた玉木は得意そうに笑った。
「昔はよくやったとです。月城さんの写真ば探すのが大変だったとですが、あとは朝飯前たい!」
玉木はかつては飯塚のとある組の若い衆として働いていた異色の経歴の持ち主だった。
その度胸と腕っぷしの良さを礼也の祖父に買われ、縣鉱業で働くことになったのだ。

礼也は涼しい貌をして旅券を月城に渡した。
「…暁をフランスに連れて行くつもりで旅券を取っていたのが役立ったな。
これならフランスの税関でも問題なく通用するはずだ」
「しかし、私がこれを頂いては礼也様が使えなくなります」
縣財閥の社長が旅券なしでは、仕事に大いに差し支える。
礼也は肩を竦めて見せた。
「どのみち、まもなく民間人の渡航は禁じられる。こんなものは何の価値もなくなるのだ」
…それよりも…
と、礼也は温かな慈しみ深い眼差しで月城を見た。
「君に使ってほしいのだ。…これで暁と海を渡り、自由に幸せに暮らしてくれ」
「…礼也様…!」

やはり礼也は大きな人物であった。
その情の深さ、力強い包容力に月城は改めて、感じ入る。
礼也が上着の隠しから一通の白い封筒を取り出した。
「…梨央さんと綾香さんからだ」
月城は貌を強張らせた。
最悪の辞め方をしてしまった自分は、二人に貌向けできないことをしでかしてしまったのだ。

礼也は月城の胸の内を読むかのように口を開いた。
「お二人は、君が暁とフランスに渡ることを何より喜んでおられる。
寧ろ、今まで忠実に仕えてくれたことを感謝していると言っておられた。
…何も心配はいらないと、暁と幸せになってほしいと…お二人は私に伝えられたのだよ」

月城は貌を歪め、両手で覆う。
自分が如何に温かな愛に包み込まれていたのか、まざまざと思い知らされたからだ。
暁がその背中にしがみつく。
「…幸せになろう。それがお二人への恩返しなんだよ…」

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