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夏の華 〜 暁の星と月 Ⅱ 〜
第13章 永遠の最果て
礼也は暁の髪を撫でながら淡々と繰り返す。
「…フランスでは生水を飲まないように、それからパリは物騒なところが多い。決して一人で歩かないように…」
さながら子どもに対するような注意を延々と繰り返す礼也に、暁は泣き笑いの表情を浮かべる。
「…兄さん…」

不意に礼也は暁の腕を引き寄せ、強く抱きしめた。
全ての感情を絞り出すように告げる。
「もう、お前に会えないのか…!暁…!」
その声を聞いた途端、暁の胸は押し潰されそうに激しく痛んだ。
「兄さん…!」
…兄の愛用するフレグランスが鼻先を掠める。
涙が止めどなく流れる。
この力強く、優しい胸に抱かれることは…もはやない。
月城と同じくらいに精神的支柱の存在がなくなる。
暁はその喪失感に必死で耐える。

「本当はお前を行かせたくない…!どこにも行かせたくない!」
…礼也のくぐもった声…。
泣いているのかも知れない…。
兄が泣いているところを、暁は見たことがなかった。
礼也はいつも強く逞しく優しい存在だった。
「兄さん…!」
ゆっくりと腕を解かれ、礼也の大きな手が暁の小さな貌を持ち上げる。
ガス灯に照らされた兄の貌は、初めて会った時から少しも変わっていない。
雄々しく端正で、見る者を魅了せずにはいられない自信に満ち溢れた美しい貌だ。
その焦茶色の瞳は潤んでいた。
そして、追憶の眼差しで暁を見つめる。
「…暁…。幼いお前を引き取って育てて…皆は私を偉いと褒めそやしたが、本当はそうではない。私がお前を育てさせてもらったのだ。
…初めてお前に会った時、私は心臓を掴まれるほどの衝撃を受けた。お前は美しかった。
あんなにも劣悪な環境にいても、お前は光り輝くように美しかった。
この美しい少年が血を分けた弟だという事実に歓喜したのだ。…お前を育てることは、私の幸せだった。
美しく、賢く、優しく…そして繊細で…私が守らなくては儚くなってしまいそうなお前を…私だけが独占できる幸せを密かに喜んでいた。
…お前が私を慕ってくれることに、無上の喜びを感じていた。
お前は…ずっと私の生き甲斐だったのだよ…」
「…兄さん…!」
…涙に滲んで、兄の貌が見えない…。
しっかり眼に焼き付けたいのに…瞬きも惜しいほどに、兄の貌が見たいのに…。

礼也が暁の白い頬に流れる涙を優しく拭う。
そして、厳かに…密やかに告げられる。
「…愛しているよ、暁…」




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