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終止符.
第11章 うつろい
午後から会社に戻ってきた篠崎に祝福の声が飛び交う。

「部長、おめでとうございます。」

「部長、女の子は大変ですよ。」

「ありがとう。おい、今から心配させないでくれよ。」

明るい笑い声の中をデスクへと向かう篠崎に、奈緒と沙耶も立ち上がって一礼をする。

「部長、おめでとうございます。」

「おめでとうございます。」

「ありがとう。」

篠崎は一瞬微笑むのをやめて奈緒を見た。

「もう名前は決まったんですか?」

奈緒は笑みを浮かべる。

「まだだよ、これから考える。」

「部長、赤ちゃんてカワイイですか?」

沙耶がいたずらな目で尋ねる。

「決まってるだろう、私の子どもだからね。」

歓声が上がり、笑い声が響いた。

「さあ、仕事に戻ってくれよ。」

篠崎の一声でそれぞれが席に着き、コピー機が動き始めた。

「部長、嬉しそうだね。」

沙耶が言う。

「ホントだね。」

奈緒が返す。

守るものが増えた男の姿が、奈緒からは遠く見える。

清い我が子を抱いたその腕は、もう奈緒のものではなくなっていた。

奈緒は書類を持って立ち上がり、篠崎のデスクに向かった。

「部長、ここに印鑑お願いします。」

「はい。」

篠崎は書類に目を通し、

「ご苦労様。」

と言って判をついた。

奈緒は小さな声で

「よかったですね。」

と言った。

「大丈夫か?」

と篠崎に見つめられ

「問題ありません。」

と微笑む。

書類を受け取る時に触れ合った指先に、離れたくない想いを残し、軽い会釈をして

「失礼します。」

と言って席に戻った。


泡立つ想いを抱き締めながら、残りの日々を過ごそう。

誰にも明かさないまま、静かにここを去って行こう。

奈緒は職場を見渡した。

使い慣れた書類棚、ファックス、パソコン、コピー機、目詰まりするシュレッダー、お気に入りのボールペン、ホチキス、カラフルな付箋。

すべてが懐かしいものに変わる。

物も人も。


「奈緒、送別会やるよ。」

沙耶が耳元で囁いた。

「えっ、そんなのいいよ、やめて。」

「みんな飲みたいんだって。」

「やだ、そういうのいらないから。」

「堅苦しくないよ、例の居酒屋で飲み会。うふ。」

「送別会にしないで。」

「了解。」

沙耶が親指を立てた。


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