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終止符.
第5章 霧の中
「ここにいて。」

必死にもがく奈緒を純は強く抱きしめ、耳元で囁いた。

(ピンポーン)

「ンンッ…」


やめて 離して


「あいつでしょう?」


助けて


「ンッンッ…うぅッ…」

圧倒的な力だった。

もがけばもがく程、純の体温の高まりを背中全体に感じる。

苦しい…
身動きができない。


奈緒のバッグの中で携帯が震えた。

「ンンッ…」

「出られないよ。」

純が耳元で囁いた。

メール着信の後、通話着信のバイブが鳴った。

「ンッンッ…」


奈緒が身体をひねった拍子にバランスを崩し、二人は床に崩れ落ちた。

「やめ…」

純は奈緒の身体に覆い被さり、奈緒を冷たい眼で見つめながら手で口を塞ぐ。

純の重さが奈緒を動けなくしていた。

「じっとして。」

バイブ音が止んだ。

篠崎の靴音がかすかに近付いて来る。


行かないで…

部長…


涙がこぼれそうになる。

純が憎い。

足音が止まった。


そのドアを開けて

私を見つけて

お願い…

部長…

部長…


僅かに開いたキッチンの窓から篠崎の声が聞こえてくる。


「あ、もしもし、愛子? ……あぁ、思ったより早く帰れそうだよ…うん、済ませたよ、気にしなくていい……そうか、じゃあ待っていなさい、一緒に入るから……構わないよ大丈夫疲れてないさ……あぁ、それじゃあ後でね……ん?………ただいま……ありがとう、じゃあ切るよ。」


「………」

足音が階段を下りてゆく。

「………」

足音が消えてゆく。

純はずっと奈緒を見つめていた。

奈緒もずっと純を見つめていた。

奈緒は純と見つめ合いながら、どこも見てはいなかった。

放心状態だった。

「………」

「ほら、傷ついた。」

「………」

「奈緒さん。」

「嘘よ。」

「奈緒さん。」

「演じているのよ。」

「だからやめてって言ったんだ。」

「違う。」

「違わない。」

「嘘よ。」

「嘘じゃない。」

「もうやめて。」

二人は起き上がって床に座った。

脱げた靴を奈緒が履き直そうとする。

「ダメだ。ここにいて。」

純に抱きしめられる。

「私に構わないで。」

「一人で泣くつもり?」

「ふっ、泣かないわよ。」

「嘘だ。」

「離して。」

「いやだ。」


早く一人になりたい。


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