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終止符.
第6章 狭間(はざま)
『奈緒、今君の部屋を訪ねたけどまだ帰宅していないね。
どこにいる?』

『奈緒、連絡を待ってる。』

『奈緒、無事なのか?』

奈緒が純と楽しんでいる時の、篠崎からのメールだった。

通話の着信は5件あった。

それらは深夜から早朝にかけて、妻と共に自宅に居ながら、奈緒を本気で案じている篠崎の気持ちの現れだと思えた。

奈緒は身支度を整え、自宅の鍵を掛けた。

純の部屋の前を通り階段を下りる。

愛していると言う純の言葉は奈緒の心を乱した。 求められて乱れた身体は、確かな快楽を得た。

けれども篠崎に髪を撫でられるだけで、安心感が震える心を溶かし、感謝にも似た感情が胸に広がってゆく。

奈緒は篠崎を慕っていた。

それこそが、待つだけの日々に耐えてきた奈緒を支える、揺るぎない気持ちだった。




「おはよう。」

会社のエレベーターで沙耶と一緒になる。

「おはよう。今日も暑いね。」

「ねぇ知ってた? 昨日純の誕生日だったんだよ。すっかり忘れてた。」

「…そうなんだ。」

「今度一緒に食事に行こうよ。」

「あのさ、彼とはどうなったの?」

「うふふ…」

「えっ?…うまくいってるの?」

「まあね。だからさ、純も呼んでみんなでお食事~。」


沙耶はきらきら輝いていた。

3年前に父親を亡くし、病弱な母親を支えてきた沙耶は、そんな事を微塵も感じさせない明るさがあった。

このところ体調が良くなってきた母親のお陰で、森下とは頻繁に会っているようだった。

「純も誘うの?」

「そうなのよ。千秋も彼を気に入ったらしくてね。みんなでお食事~。」

「……」



経理部のドアを開け挨拶をする。

「おはよう。」

同僚達の声に混じって篠崎の声が聞こえる。

「おはようございます。」

「部長、おはようございます。」

沙耶と一緒に篠崎に挨拶をして視線を合わせ、席に着く。

篠崎と再び目が合う。

小さく頷いて目を反らす篠崎に、「あなたが好きです。」と心の中で呼びかけ、自分の気持ちを確かめる。

「奈緒、今度の金曜日あけといて。絶対だよ。妹さんにも出掛けるって言っておいてね。ふふっ…楽しむぞ~。」

「わかった。」

奈緒はそう答えるしかなかった。

台風でも来てくれないだろうかと願うしかなかった。

先に帰る言い訳を、今から考え始めていた。


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