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終止符.
第10章 寂寥(せきりょう)
彼は大きくなった妻のお腹に耳をあてて、我が子の誕生を待ちわびているのだろうか。

もしも私が妊娠していたら、彼を手に入れられただろうか……。


奈緒はバカな考えを次々と思い巡らせ、幸せの真ん中にいる篠崎の妻に苛立ち、嫉妬した。


彼が愛しているのは私なのに。

あんなに愛してくれたのに。

何も知らないで幸せに囲まれているお嬢様。

誰かのせいにしてしまえたなら、どんなに楽だろう。

誰かに打ち明ける事ができたなら……。


「純……よくやったって言ってよ…」

季節が変わっても、夏色の風景は壁を彩り、純の笑顔を思い出させた。


「奈緒さんが傷つくだけです。」


純の言葉が浮かび上がる。

孤独な時間を重ねるごとに不信感が沸き上がる。

上手く利用されただけ。

愛されてなんかいなかった。

違う

違う…


奈緒は出口のない迷路を勝手に作り出し、さまよっていた。


退職の日はゆっくりと近づいていた。



………………………


職場のエレベーターホールに向かって歩いていると、先にエレベーターを待っている社長や常務達数人が見えた。

雑談が奈緒の耳に届く。

「それはよかった。順調なら社長も安心ですね。」

「うむ、おかげで私もほっとしているよ、わっはっは。」

「お嬢様もよくがんばられて…」

「いや、篠崎君のおかげだよ。よくまぁ一緒になってくれたもんだ。孫まで見ることになるとはね。わっはっは。」

「あ、来ましたよ、社長どうぞ。」

「あぁ、ありがとう。……ん、立花君、いいんだよ乗りなさい。」

「あ、いえ、ちょっと忘れ物をしてしまいましたのでお先にどうぞ。」

「そうか、すまんね。」

扉が閉まるのを軽くお辞儀をしながら見送り、奈緒は次のエレベーターを待った。


社内ではいつの間にか、篠崎に子どもが生まれる事を誰もが知っていた。そして誰もが祝福していた。

奈緒もそんな会話に加わり、笑顔を作って話を合わせた。

そしてその度にぽっかり空いた胸の奥が重く痛んだ。

仲間と賑やかに笑い合いながら、奈緒は孤独だった。

自分の存在なんて紙よりも軽く、紙くずのように思えた。

自業自得。

そう繰り返しながら、遠い存在になってしまった篠崎の背中を眺め続けていた。


振り向いて

微笑んで

私だけに

ほんの少しでいいから


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