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第10章 寂寥(せきりょう)

「……」

「ここにしようか。」

沙耶が喫茶店の前で足を止めた。

「あ…、うん。」

奈緒は逃げ出したくなりながら、沙耶の後ろについて静かな店内に足を進めた。

一番奥の席に案内され、腰を下ろす前に

「ホットを二つ。」

と沙耶が注文する。

「かしこまりました。」

店員がいなくなると沙耶がさっそく切り出した。

「奈緒、嘘はつかないで。」

「嘘なんか…」

「じゃあ話して。」

「……」

向かい合って座る二人は、教師と生徒のようだった。

「何があったの？」

「……」

奈緒は俯いた。

「そもそもなんで辞めるの？」

「……」

「もしかして私のせいなの？」

「まさか…」

「前向きに辞める割にはいつも凄く無理して笑ってる。」

「そんな事ない。」

「ため息ばかり。」

「嘘よ。」

奈緒は焦った。
言えば篠崎を尊敬している沙耶の落胆は目に見えている。
一緒に働いてきた自分にもがっかりするだろう。

「言えない理由があるんだね。」

「お待たせしました。」

コーヒーが運ばれて来た。

「どうぞごゆっくり。」

「はい。」

奈緒はコーヒーを一口飲んでカップを置いた。

「そんなに言えない理由って事は…誰かの為なんだね。」

「えっ。」

「自分だけの問題なら奈緒はとっくに私に言ってる筈だもん。」

奈緒は沙耶の洞察力を甘く見ていた自分が情けなくなった。

「何もないのよ。ただ寂しいだけ。」

「ならどうして辞めるの？」

「……」

「ほらね。新しい事への期待より、今の環境から抜け出したい。」

「沙耶…」

「誰にも言えない事があったからでしょう？」

「ほっといて。」

「……」

「もう放っておいて。」

「奈緒。」

「誰の為でもないわ。自分の為にこうするのよ、一番いい方法なのよ。…だから沙耶、心配させてホントにごめん。でも今は何も言えない、言いたくても言えないの。」


沙耶はふぅーっとため息をついた。

「わかった。それがわかっただけでもよかった。」

「沙耶…」

「無理してるのがわかってる友達を知らん顔して見てるだけの役回りなんて、結構辛いもんだからさ。」

沙耶は笑いながらそう言った。

「沙耶。」

奈緒は泣きそうだった。

「あ～お腹が空いちゃった。何食べる？」

「ふふ、沙耶ったら…」

「えへっ。」