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幸せの欠片
第3章 夫とのカンケイ
 夫が疲れたと言えば、元気の出るような献立を考え、食べてもらえるかどうかわからない食事の用意をして、その帰りを待つのが常だった。

 しかし、今日は全ての予定が狂ってしまった。

 それでも特別に凝らなければ、今からでも食事の支度をするのには充分に時間があった。

 ともかく夫にあのことを告げないと決めた以上、平静を装い、普段通りに振舞うようにと自分に言い聞かせていた。



  普段通りに見えるよう、薄く化粧を施し、キッチンに立つ。

 デパートで食材を購入していたので、カウンターの上に並べると、メニューは、すぐに思い浮かんだ。

 ウィークディに夫の食べなかったものは、翌日の麻衣の昼食になるが、お酒だけと言われた場合にも出せるように考えて、常に前菜とメインを準備する。

 野菜を洗おうとしたところで珍しく携帯電話が鳴った。

 こんな時間に電話の鳴ることは滅多になかった。

 着信を表示するディスプレイには、「悟」の文字が浮かび上がっている。

 軽い驚きと共に電話に出た。

「はい」

「今から帰る。風呂が先だ」

「えぇ、あなた。気をつけてね」

 最後の言葉を聞いたか聞かないかのうちに夫の電話は切れた。

 ― こんな日に限って早いなんて……。

 急いでバスルームに向かうと、髪の毛が落ちていないかをチェックしながら、さっと浴槽をすすいでから、お湯を張るスィッチを入れる。

 キッチンに向かうと、いつも通りに料理を始めた。

 これなら、不審に思われないように行動できそうな気がする。

 ただ、夫が自分に触れないかだけが心配だった。

 ― 普通に振る舞えるかしら?

 やるしかないのだと自分に言い聞かせながら、夫の好きなチキンの照り焼きをフライパンに乗せ、生春巻に材料を包みはじめた。




  玄関のチャイムが鳴って、すぐに鍵で扉を開けるのが夫のやり方だった。

 その日もチャイムが鳴ったので、手を止めて声を掛ける。

「あなた、お帰りなさい」

「あぁ」

 急いで玄関へ行くと、夫のカバンと上着、ネクタイを受け取る。

 夫が風呂に入っている内に、靴をさっと磨き、着替えとタオルをセッティングしてキッチンに戻った。

 風呂から上がって来たら、すぐに箸が持てるように前菜を並べる。

 夫は、言葉が少なくても、おいしい時は必ず褒めてくれた。



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