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幸せの欠片
第5章 スポーツジム
 これまでの習い事の全ては、「お前の好きなようにしたらいい」と、ほとんど興味を示さなかったのが、スポーツジムの申し込みに一緒について来てくれて、保護者のように全て面倒を見てくれる。 

 けれど、これも、さっき夫が言った理想の女になるためなのだとしたら、これでいい。

 ありのままの自分を愛されたいと、よく聞くけれど、ありのままの自分というものが、麻衣にはよくわからなかった。

 厳格な父のいる家に育ち、ずっと、愛されたいと思いながら生きて来たので、その為に夫の要求に素直に従うことは当然のことだった。

 結婚する時には、「よく夫に尽くしなさい」と言って父に送り出された。

 それが麻衣にとってのありのままなので、夫が麻衣のために、或いは自分の好みで物事を決めるなら、それが一番だと思っていた。

 ビデオが終わって、しばらく経ってから、ようやく櫂と夫が楽しく談笑しながら戻って来た。

 ビジネス的な笑いではなく、どんなことを話せば、こんなに短時間に気持ちをシェア出来るのだろうと思えるような雰囲気があった。

 女性の友人同士でもないわけではないけれど、男性の方が、そういう関係作りは上手に見えた。

 何だか、少し羨ましかった。


「明日から、毎日、通うんだぞ」

「毎日ですか?」

「ご無理でしたら、変更も出来ますので仰ってください」

「いえ、夫が決めてくれたのなら大丈夫です」


 和やかな雰囲気の内に申し込みを終え、スポーツジムを後にした。



 
  夕食には、夫が既にイタリアンレストランを選んでいた。
 
 料理はコースで予約してあったので、ワイン以外は選ぶ必要がなかった。

 夫に「予約済みだ」と聞いた時には、もっと静かなレストランを想像していたのだが、意外と賑やかだった。

 食前酒を片手に前菜を待っている時や、食事が終わってドルチェの前などちょっとした時間にも、夫はバイブのスィッチを入れて楽しんでいた。

 必死に耐えていると、「可愛いよ」と夫が言う。

 その言葉が嬉しくて、もっと虐められたくなってしまう。

 この先、どうなって行くのだろう、という不安は、夫の悟とは死ぬまでずっと一緒なんだと思うと、それで打ち消すことが出来た。
  
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