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幸せの欠片
第6章 特別室
 扉から中へ入ると、靴脱ぎの前には花柄と赤のスリッパが並べてあった。


「お好きな方をどうぞ」と言われ、麻衣は迷わず花柄を選んで履いた。


 櫂は、入ってすぐの重そうな扉を開き、麻衣を促した。

 扉が閉まる時、劇場のように空気がふっと動く感じがあり、それが防音扉なのだと気が付いた。


「まずは、リラックスしましょう。ソファに座ってください」

「こちらですか?」


 麻衣が指した椅子は一人がけの楽椅子で、オットマンが付いていた。


「そうです。背もたれに体を預けてゆっくりリラックスをしてください」


 麻衣は、言われた通りに椅子に深くかけて体重を預けた。

 低くクラシック音楽が流れている。


「マッサージをしながら、ゆっくりお話を伺いますが、その前に麻衣さんは紅茶派ですか? それともコーヒー派?」

「どちらも飲むのですが、今は紅茶の気分です」

「わかりました」


 そう言うと、櫂はタブレットのようなものを手に持ち、操作した。


「すぐに用意させますからね」

「はい、ありがとうございます」

「さて、麻衣さん、肩こりはしますか?」

「はい」

「いい返事ですよ。では、肩を揉みましょう」

「はい、ありがとうございます」

「このトレーニングコースには、何よりもリラックスと信頼関係が大事なので、麻衣さんのプラーベートなこともいろいろと伺いたいと思いますが、いいですか?」

「はい、大丈夫です」

「中にはご主人に内緒のこともあると思いますが、私がご主人に話すことはありませんから、安心しておしゃべりしてください」

「……はい」


 内緒のこと、と言われて、すぐに思い出したのは、やはり電車で痴漢に遭ったことだった。

 でも、そんなことを櫂に話せるかしら、と思った。


「では、失礼して、肩を揉みますよ」

「えぇ」


 櫂は、柔らかく力強く、肩を揉み始めた。


「麻衣さん、シャンプーのいい香りがします」


 そう言って、櫂は麻衣の髪を軽く横にまとめた。


「ありがとうございます」

 
そこへチリチリンと可愛らしい音のチャイムが鳴って、扉が開いた。

 ベリーダンスの衣装を身にまとった綺麗な黒髪の外国人女性の手で紅茶が運ばれて来た。

「サンキュー」と櫂が言ったのは聞き取れたが、他の英語はわからなかった。


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