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幸せの欠片
第9章 クラブで
 『先生』が、部屋を出て行った後、はっきりと顔が記憶にあったわけではないけれど、観客席の下にいたスーツ姿の男だと思える人が入って来た。

 麻衣は、慌てて衣装を着て、身を構えた。

 連続でプレイに応じるのは嫌だったし、ここでは何をされるかわからないという不安があった。

 彼は、夫のことをよく知っているような口ぶりだったので、どういう関係かと尋ねると、『会社の先輩』だと言った。

「あなたは、もしかしたら、夫をここへ誘った方ですか?」

「よくわかりましたね」

「もしかしたら、と思っただけです」

「私たちが会うのは三度目なのですよ」

「え?」

「あなたは憶えておられない様子だが、結婚式にお会いしたのが最初だったのです」

「すみません。気がつかなくて……」

「二度目は、わかりますか?」

「いいえ。申し訳ないけれど、わかりません」

「そうですか……ほんの一週間ほど前、電車の中でお会いしたのですがね……」

 電車の中と言われ、麻衣は戸惑った。

 最近、電車の中で誰かに遭遇したという憶えもなかったし、ましてや電車の中で、スーツ姿の人は珍しくない。

 その時、ハッと閃いた。

「申し上げにくいのですが……実は私、先日、デパートに行ったのですが、帰りが少し遅くなってしまって……」

「えぇ、知っていますよ。一部始終を見ていましたからね。いや、見ていたという表現は間違いかな?」

「あの時をご存知なのですね……」

「知っていますとも。私はあなたの真後ろにいたのですから」

「………!」

「驚きましたか?」

「夫が頼んだそうですね」

「正確には、一緒に相談して決めたのですがね」

「どうしてですか?」

「あなたに、そういう可能性があると思うが、被虐的なことに興味があるかどうかを知りたいと、悟がずっと悩んでいたのですよ」

「……それで、あれを仕組んだわけですね」

「あれは大変だったんですよ。7人で麻衣さんの周りを囲っていたのです」

「7人も……」

「あの後、あなたには、そういう嗜好がある、と悟に、すぐに伝えました」

 あの夜から全てが始まったのだから、そう言われると納得が行った。








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