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花菱落つ
第3章 信玄
 「うむ。なかなかに筋が良い。だが、もそっと下じゃ」

 うつ伏せになった信玄の逞しい背をなぞっていた凪の手を、信玄は掴んだ。良く鍛え上げらた尻の肉は、四十になったとはいえまさに歴戦の武将の身体だった。

 信玄は一糸纏わぬ凪の身体を、頭の先から爪先まで舐めるように目を細くして見つめた。

「そなたの身体は、まるで美しい鹿のようじゃ」

 少年から男へと変わる前の、しなやかな筋肉。この年頃の少年にしか持ち得ない、若さゆえの美しさだった。

「……残念じゃが時間がない。今日はここまでにいたそう」
「はい。また近いうちにご報告に参上つかまつります」
「うむ、頼んだぞ」

 凪が侍のままであったなら是非とも奥近習に加えたい容姿と頭の良さだった。だが、歩き巫女の姿も、少女とも少年とも異なる神懸かったような美しさで、巫女姿を捨てさせるのは惜しかった。それに義信に近づくのは巫女姿の方が都合が良いはずだ。信玄の近習では義信に警戒され、近づくのは容易ではない。

 歩き巫女の姿を整えた凪を置いて、信玄は重臣たちの待つ東曲輪へと戻ったのだった。
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