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花菱落つ
第4章 義信
「よう来たの」
「何故、凪がここに?」
「私が呼んだのじゃ」

 凪が西曲輪の義信正室の元を訪れたとき、義信は館におり、驚いた様子だった。

「そなたらに面識があったとは」
「府中八幡を詣でたときに知り合うたのじゃ。これから女同士の話があるゆえ、男は早う去(い)ね」
「はいはい。かしこまりました、奥方殿。では我が姫と雛遊びでもするといたしましょう」

 他愛のないやり取りに夫婦の情愛を感じ、凪は思わず顔をほころばせた。義信が去ると、正室は僅かに顔を曇らせた。

「先日は済まないことをしたの」
「いいえ。どうかお気になさいませぬよう」

 だが凪の言葉にも、正室の表情は曇ったままだ。

「知っての通り私には子が女子一人しかおらぬ。義信様とは十一で婚姻し、もう十年以上になる。武田家の嫡男である夫、義信様には男子が必要なのじゃ。それゆえ側室をあてがい男子を産ませよという声が日増しに高くなっての。それで義信様と親しくしているというそなたが側室になるのではと不安になったのじゃ。許せ」

 凪は静かに頭(かぶり)を振った。側室は義信ほどの身分であればむしろ持たない方が珍しい。信玄も諏訪の方を始め幾人もの側室に、子を産ませていた。

「せめて私に男子がおれば側室など無用。そう思い府中八幡に願うても、なかなか授からぬ。家同士の政略で嫁いだとはいえ、私は義信様を愛している。そなたが側室になるやも知れぬと思うと、いても立ってもいられなかったのじゃ」
「奥方様……」
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