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花菱落つ
第6章 因果応報
「家臣とは功立て名を上げ、恩賞にあずかろうとするもの。他国を攻め取り領地を広げねば、家臣に恩賞として与える知行(土地)が尽きる。功を立てても働きに身合う恩賞が得られねば、家臣の不満は募り、いつかは武田家を裏切るやもしれぬ。他国を攻めるは国主としての務めじゃ。奪いやすい国から奪って何が悪い。義信にはまだそれがわかってはおらぬ」

 凪も元は侍の子。信玄の言いたいことはよくわかった。凪の父も戦で功を立て、家を大きくすることを常に夢見ていた。

「今、武田の回りには、今川以外領地をもぎ取れそうな国はない。尾張のうつけや三河の松平に備えるためにも、武田単独で対抗する力を蓄えておくことが大事だと、何度言っても理解せぬ。少しでも隙を見せれば、いかな武田といえど簡単に滅びるのじゃ」

 黙ったままの凪に、信玄は平らかな声で命じた。

「こたびの件で、義信には正式な沙汰を下すまで、西曲輪での蟄居を申し渡す。そなたは義信や正室にうまく信用されておる。今まで通りそれとなく義信の周囲を探り、少しでもおかしな動きを見せたら、すぐにわしに知らせるのじゃ」
「かしこまりました」
「ではゆけ」

 親しくなどならなければよかったと、凪は思った。見ず知らずの他人であればこそ、冷静に周囲を探ることができようものを。
 内心の葛藤を押し隠して下がる凪の後ろ姿を、信玄は身じろぎもせず眺めていた。
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