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鬼ヶ瀬塚村
第17章 神
動きの止まった夜叉を見て、達弘さんが男達に手を上げる。
不信そうに男達が太鼓と囃子を止めた。

音が無くなり、酒で騒いでいた男集が顔を上げ夜叉を見る。
そして夜叉の視線の先を見る。

そんな男集につられて不思議そうに酒を運んで忙しなくしていた女達や紗江さんもこちらを見る。

全ての視線が僕を点にして向けられた。
その真ん中で風で長い黒髪と緋袴の裾を揺らす夜叉が僕を真っ直ぐ見つめていた。

夜叉は白衣の袖を揺らしながら、右手をスッと顔の高さまで上げた。
そして静かに夜叉の仮面を地面に脱ぎ落とした。

夜叉の面の下、美しい鬼は泣いていた。僕にはきちんと見えた。
その世界で一番美しい鬼は涙を流していた。
唇がかすかに動く…きっと彼女の事だ"馬鹿野郎"って呟いたに違いない…。

僕は軽く右手を上げ、小さく振った。

その瞬間、美しい鬼の表情はくしゃくしゃになりまるで赤ん坊のように泣き出した。
鬼が鳴いている。
真理子さんが泣いている。

鬼は泣きながら"馬鹿野郎ッ!"だとか"どうしてよッ!?"と叫んでいた。

僕に恐怖心はその時切り取られていたんだと思う。
さっきまであれほど惨めに震えていたのに、真理子さんが…泣く鬼が愛しかった。

殺されるかも知れないのに。
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