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鬼ヶ瀬塚村
第33章 恋
『わがっだ、邪魔したなババァ…また来るわ』

達弘さんは立ち上がった。

『貴重なお話ありがとうございました』

僕も立ち上がる。

『貴重なもんか、誰しも老いちまえば人生の時間が過ぎる早さに驚くもんだ。後悔なきよう今は今を生きろ』

静江さんはそう笑ってハイカラに親指を立てた。
そして咳き込みながら掛け布団の中へと埋もれていく。

僕と達弘さんは駄菓子屋で飴やガムや花火なんかを買って再び2人乗りで荒岩家を目指した。

『はよ次の嫁探さないがんな』

静江さんの話を聞いたからか、達弘さんは精一杯の渾身の強がりで呟いた。

『首ノ村にええじょこがいるんだわ。ケツのでけぇ未亡人だがよ、色気があるんだわ』

僕の後ろで懸命に心に負けないよう吠える彼を乗せて僕は自転車をこいだ。

人生には時間が限られている。
いつも自分に選択権があるのだと思いがちだが、時間は待ってはくれないのだ。

目の前の"今"を生きる。

惨めな殿様にはなってはならない。
静江さんの話を聞いて僕は一分一秒も無駄に過ごしたくはないと思った。

全てを意味ある一分一秒にしたい。

その蓄積された1日が重なる事が生きている人生だ。

ああ、もう存在すら忘れかけていたが…僕に安定剤は必要ないな。
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