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あなたの胸の中で眠る花
第7章 ♢過去*
その日は朝から酷い頭痛だった。
不動産屋と話をし、書類や教材を揃えていた。運良く二階建てのテナントを見つけ、一階は教室、二階は自室にする予定だ。変にこだわりがあるせいか、内装には少し時間がかかっている。でも、ずっと夢だった塾の開業がようやく実現できる。妥協するわけにはいかない。
この町を選んだのは直感だった。
東京の塾で勤務していた頃、堤くんと知り合った。
彼は都外出身の大学生。施設育ちだった。東京にいたら、そういった子は何度も見ているので珍しくない。だが堤くんはそれを感じさせないほど、明るく無邪気だった。
バイトで入った堤くんの指導係として仕事を教えていた。彼とはすぐ親しくなり、よくご飯を食べに行ったりしていた。
『んで、朝起きたら、ホテルのベッドで寝てたんすよ!しかも裸で!女の子はもういなくて。これってヤリ逃げですよね!?』
こういった赤裸々な話もするので、弟のような、息子のような、そんな存在だった。
初めは少しチャラチャラした印象だったが、仕事は真面目にやるし、根は優しい。特定の彼女はいないみたいだが、地元には特別な存在がいるようだ。たまに連絡が来ると、スマホの画面を見せながらよく話してくれた。あくまで '妹' として紹介する堤くんだが、その表情は兄を超えた想いを感じさせた。
独立の場所は堤くんが勧めてくれた。
いくつか候補はあったが、ここなら学校も多いし、老後のことも考えてゆっくりと過ごしたいと思っていたのでちょうどよかった。田舎だけど、不便はそれほどない。
アパートは短期で借りたので、数ヶ月もすれば塾兼自宅のところに移り住む。
でも、まさかアパートの隣が彼女だったなんて…やっぱり世間は狭いと実感した。