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いつくしみ深き
第1章 いつくしみ深き
 結婚式の行われる緩和ケア病棟内の多目的ホールは、すっかり様変わりをしていた。ホールの中央にはヴァージンロードに見立てたカーペットが敷かれ、一番奥には祭壇が設けられていた。あちこちを花とリボンで飾られたホールは、まるっきり即席の教会だった。

 時間になり、ホールにメンデルスゾーンの結婚行進曲が流れた。キーボードを弾くのはピアノ講師をしている祐希の姉だ。祐希がゆっくりと響の車椅子を押し、ヴァージンロードを進む。リクライニングを倒しなるべく響に楽な姿勢をとってはいるが、もはやメイクですら顔色の悪さは隠しきれてはいない。

 ヴァージンロードを進み左側、最前列に座る年配の男女の姿にを目にした響が、驚きを露にした。響とよく似た彼らは、響の両親に違いない。

 やはり来てくれた。

 二人が祭壇の前に停止すると、キーボードから聞き覚えのある旋律が流れた。讃美歌312番「いつくしみ深き」。結婚式ではおなじみの讃美歌だ。

 キーボードに合わせて響の唇が小さく動く。響は結婚式でこの讃美歌を歌うのが夢だと言っていた。響の夢見るような幸せに満ちた横顔に、無理にでも結婚式を挙げて本当によかったと、祐希は思った。

 結婚式の定番ではあるが、実は「いつくしみ深き」という讃美歌は、二度も婚約者を失った作者の手によるものだ。悲痛な中にも救いを感じさせる歌詞は、これから恋人を失うことが定めの祐希にとって、心ををえぐられるような気がした。
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