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ぬばたまの 夜に抱かれ 望月の 刻のゆくさき 夢のゆくさき
第1章  
 少年は夜と掌を合わせた。今まで経験したことのない快感とともに、膨大な神の気が少年の体に流れ込む。

「くっ。あああっ! 夜様! 夜様……っ!」

 あまりに激しい快感の奔流に、少年は恍惚と喘ぎ、夜の名を何度も呼んだ。

「我が『夜』ならそなたには『月』の名を授けよう。贄として育てられたそなたに名はなかろう。そなたは我が夜空を明るく照らす望月だ」
「ありがとうございます! ……逝かないで、夜様!」

 夜の姿を包む光が次第に薄くぼんやりとしてゆく。気が尽きかけているのだということは月にもはっきりと感じられた。

「月よ、悲しむ必要はない。世の理に従い、大きな流れの中へ還るだけだ。いつかそなたが世の理に還ったとき、再びまみえることもあろう」

 月の体にすべての神の気が流れ込んだ。夜の姿はいよいよ淡く、すでに足下から消えかかっている。
 月は夜を抱きしめた。夜は微笑み、月に静かに口づけた。唇の触れた微かな感触は冷ややかで、まるで夜そのもののようだった。

「……さらばだ、月。願わくば、人として再びこの土地に生を受けたいものだ。そして月、そなたとともに……」
「夜様ーーーっ!」

 地主神の役目を終え、夜はこの世から去った。夜のいた辺りを抱きしめ、月は泣いた。泣けるだけ泣いて涙も涸れたとき、月はこの土地の新たな地主神となった。
 夜の愛したこの土地を、今度は月が守るのだ。

 一夜明け、高台へ登った集落の人々は言葉を失った。

「ご神木が……!」

 落雷の直撃を受けたご神木は真っ二つに裂け、倒れていた。ご神木はこの土地の守り神。守り神を失い、人々は途方に暮れた。ご神木という拠り所を失い、これから何にすがればよいのだろう。

「見てください、長! 樟の若木です!」
「おお! 次代のご神木ぞ! 地主神様は我らをお見捨てにならなかった!」

 倒れたご神木の傍らには、ご神木に寄り添うようにして立つ、小さな樟の若木の姿があった。
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