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喝采
第1章 ミサ曲ロ短調
 十二月も二十日を過ぎ、初台にある東京オペラタウンはすっかりクリスマス色に染まっていた。

 東京オペラタウンは、コンサートホール、美術館、 ショップなどが連なる複合施設だ。ショーウインドウにはツリーが飾られ、街路樹のイルミネーションは夜になると幻想的な光を放って人々の目を楽しませる。

「拓人!」

 コンサートホールに付随した楽屋を出た谷田部は、背後から呼び止められた。この聞き覚えのある声は――。

「大輔か!」

 谷田部を呼び止めたのは音大時代の友人、加藤大輔だった。大学卒業後、どこかのプロ合唱団で歌っていると聞いていたが、ここで再会するとは思ってもいなかった。アンパンマンのような愛敬のある丸顔は、当時と全く変わっていない。

「久し振りだな。今回テノールのソリストがお前だって聞いて楽しみにしてたんだ」
「卒業式以来だもんな。知ってたんなら連絡くれればよかったのに」
「ははは、悪い悪い」

 ちっとも悪いとは思っていない顔で加藤は笑った。

 今日は古楽指揮者斉賀一臣率いる古楽演奏家集団「コレギウム・トウキョウ」によるバッハ「ミサ曲ロ短調」のゲネラルプローベだった。
 「ゲネラルプローベ」とはクラシックや舞台芸術の世界における「通し練習」のことだ。通常は衣装、照明、進行など全て本番同様に舞台上で行われるのだが、今回は休憩以外出入りのないステージということで、衣装の着用は各人の自由意思に任されていた。そのため谷田部も加藤も普段と変わらないカジュアルな服装だった。
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