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喝采
第1章 ミサ曲ロ短調
 斉賀の指揮による統制のとれた合唱とオーケストラ、そして五人のソリストによる「ミサ曲ロ短調」は、まさに圧巻の一言だった。
 全曲通しでおよそ二時間弱の大曲だが、飽かせもせず最後まで聴衆を魅了し続ける。
 斉賀の曲に対する真摯さは、普段の姿からは想像もできない。どちらが本当の姿なのか、はたまたどちらも本当の姿なのか谷田部にはわからなかった。

「ブラボー!」

 無事に演奏が終わり、ホール内は客席のあちこちから聞こえるブラボーコールと割れんばかりの拍手に包まれた。そして斉賀はソリストと共に、舞台袖とステージを忙しく往復する。雫石は杖なしで何往復もするのがさすがに辛そうで、最後は谷田部が嫌がる雫石の腕を強引に掴んで転びそうになる体を支えた。

「触るなと言っているだろう!」
「転ぶよりましだろ?」
「手を離せ!」
「何騒いでるの」

 最後に引っ込んだ舞台袖で言い争う二人のところへ、斉賀がひょっこり顔を覗かせた。

「こいつが!」

 谷田部と雫石の声が、二重唱のようにぴたりと重なる。

「玲音。今回は君が悪いね。谷田部っちがいなかったら君は転んでいた。谷田部っちは助けてくれたんだ。人の好意を無にしてはいけないよ」
「……はい。すみません」
「ウンウン、いい返事だね。じゃ、谷田部っち、次もよろしくね」

 斉賀は相変わらずの軽い調子で二人を仲裁すると、風のように去って行った。

「次……」
「ああ、ゲネラルプローベのあと斉賀さんに聞いた。次はヨハネ受難曲なんだろ?」

 二人は楽屋に向かって歩き出した。谷田部が雫石の腕を支えても、もう雫石は谷田部を振り払うことをしなかった。

「……驚いたな。君がヨハネのエヴァンゲリストなのか。君はよほど斉賀さんに気に入られたんだな」
「そうなのか?」

 雫石によれば、斉賀がピンチヒッターで起用したソリストをそのまま使い続けることはあまり例がないことらしい。

「エヴァンゲリストは大役だ。しっかり勉強して頑張ってくれ」
「……ありがとう」

 エヴァンゲリストとは日本語では福音史家と訳される。一般的にはあまり馴染みがないが、簡単に言えば受難曲やオラトリオなどでナレーターを務める役のことだ。ほとんどの場合、テノールが担当する。今までの態度から冷たい奴だと思っていた雫石。まさか励ましてくれるとは思っていなかった。
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