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喝采
第5章 聖母マリアの夕べの祈り
「ごちそうさま」
「早いな」

 谷田部が食器を置いたとき、雫石の皿にはまだ半分ほどナポリタンが残っていた。

「昼メシ食い損ねてさ。メチャクチャ腹減った」
「これだけでは足りないんじゃないのか」
「そしたらあとでパンか何か買って食うよ」

 雫石はマスターを呼び、ミックスサンドを追加オーダーした。

「今日は僕が払う。前回の分と、聴きに来てくれた礼だ。サンドイッチも拓人の分だから食べてくれ」
「そんなの気にしなくていいのに」
「性分だ」

 運ばれてきたミックスサンドを雫石は谷田部の前に置いた。雫石自身はナポリタンを食べ終え、食後のコーヒーを口にしている。

「わかった。サンキュー玲音。今日はごちそうになるぜ」

 遠慮したところで頑固な雫石は決して譲らないだろう。不毛な言い争いを繰り広げることは避けたかったので、谷田部は素直におごってもらうことにした。真面目で律儀なところがいかにも雫石らしかった。

「次、玲音と共演するのはクリスマスだっけ?」
「そうだ」
「またしばらく空くな」
「一緒の方が珍しいだろう」
「まあな」

 比較的オペラが多く日本で仕事をする谷田部と、ヨーロッパを本拠とし、バロックをレパートリーとする雫石とでは、活動の場が違いすぎる。二人を一緒に呼ぶのは、今のところ斉賀くらいだった。

「当日はホテル取るんだろ? 俺が取っておくから一緒に泊まらないか?」
「拓人と? なぜだ」
「楽しいから。友達と一緒の部屋で泊まるのは楽しいだろ。学生時代、斉賀さんのところの加藤大輔とかよく一緒に泊まったんだぜ?」
「一緒の部屋でか? 僕は家族以外の他人と同じ部屋に泊まったことはない」
「そうなのか?」

 雫石は生まれも育ちもウィーンだった。谷田部の持つ日本人的な常識は当てはまらない。見た目は完全に日本人なだけに、つい忘れがちだった。

「なら、なおさら一緒に泊まろうぜ。きっと楽しいからさ」
「わかった。拓人となら、そういう経験も悪くはないだろう」
「おう、任せとけ!」

 雫石は「拓人となら」と言った。嫌なら断固拒否する雫石が「拓人となら」と言ったのだ。
 相変わらず色を変えない表情の下、谷田部のことを受け入れつつあるのだと思うと、嬉しかった。
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