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喝采
第5章 聖母マリアの夕べの祈り
「いらっしゃい」

 雫石は春に来たときと同じ一番奥の席に着いた。春と同じ、ナポリタンとブレンドを頼む。マスターが去ると、真面目な顔で谷田部をまっすぐに見た。そしていつもと同じ、冷たく響く声で淡々と礼を言う。

「今日の公演に来てくれて、ありがとう」
「どういたしまして」
「拓人が聴いているのだと思うと、なぜか無性に恥ずかしかった」

 その割にまったく恥ずかしくなさそうな口調が雫石らしい。おかしくなって谷田部は笑った。

「聴いてていつも思うけど、玲音の声って不思議だよなあ」
「それは僕がカウンターテノールだからだろう」

 男性が女性の声域を歌うカウンターテノール。雫石は数少ないカウンターテノールの歌い手だ。

「違うよ。カウンターテノールだからじゃない。不思議なのは玲音だからだ」

 雫石はカウンターテノールの中でも希有な声の持ち主だった。
 男性でもなく、女性でもなく、男性でもあり、女性でもある。天使の声なのだと言われたら信じるかもしれない。

「俺は玲音の声が好きだ。カウンターテノールだから好きなんじゃない。玲音だから好きなんだ」

 雫石は無言で谷田部から視線を外した。横を向いて静かにうつむく。

「さ、ナポリタン食おうぜ。せっかくの絶品ナポリタンが冷めちまう」

 谷田部がナポリタンを食べ始めると、雫石もようやくフォークに手を伸ばした。
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