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忘れられし花
第19章 花、咲きて
 全てが終わると、奏は曇っているのを確認してから障子を開けた。
 心地よい春風が、部屋を吹き抜けた。
 木々の葉擦れの音と鳥の声が、二人の耳に届く。

「奏」
「はい」

 真摯なものの混じった静謐な声に、奏は姿勢を正した。

「私は、この先あまり長くは生きられないでしょう。ですが、あなたのために頑張りますから。少しでも長く、共に生きられるよう、精一杯努力をしますから」

 光は痛いくらい力を込めて、奏の手を握った。

「ですから、私より先に死なないでくださいね」

 予想もしていなかった言葉に、奏は一瞬たじろいだ。

「……死にません」

 奏も光の手をしっかりと握り返した。健康そのものの奏が、光より先に死ぬわけがない。たとえ万が一のことが起こっても、閻魔大王に喧嘩を売ってでも必ず光の元に戻ってみせる。何があっても、光を遺して逝くことはしない。

 光はそれを聞き、滲むように淡く微笑んだ。

「私をあなたと引き逢わせてせてくれた運命に、感謝いたします」

 辛く苦しいだろう運命に感謝するという光。そんな光の強さと優しさに、奏はどうしようもなく惹かれたのだ。

「光様は僕の光です」

 綺麗で優しく、暖かな光。光はいつでも静かに暖かく、奏を照らす。

 光は奏の顔に触れ、確かめるように細く長い指でゆっくりとなぞった。

「いいえ。もし光に形があるとすれば、きっとあなたの形をしているのでしょう。あなたに接する度に感じるこの感覚はきっと『眩しい』ということに違いありません。目の見えない私にとって光とは、あなたそのものなのです」

 光は指を離して、柔らかく微笑んだ。

 鷹取家の片隅で忘れ去られていた名もなき花は、奏という生涯の伴侶を得て光という名の花になり、静かに美しく花を咲かせたのだった。



 忘れられし花 《完》
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