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SOS
第1章 邂逅と訣別
「……え? あの」
「ふっ、何か勘違いしているようだが……俺は残念ながら泥棒ではない」
確かに最初は泥棒だと思った。が、この目の前にいる男のあまりに浮世離れした姿に、男が泥棒だとは考えにくかった。
「じゃあ一体あなたは────」
「悪魔────とでも言っておこうか」
「悪魔……?」
「あぁ、人間の不幸が大好物の……悪魔さ」
自らを悪魔と称する男は、何を思ったのかゆっくりとした歩みで木崎に近付いてきた。
木崎は男から距離を取ろうと、ずるずると後退する。
「あ、悪魔が俺に何の用……ですか?」
これ以上不幸にされるなんて冗談じゃない。どうせなら天使が来てくれたらよかったのに、と木崎は思った。
「……ふっ、天使ではなくて悪かったな」
「……っ!!」
心が読まれている。木崎はあまりの衝撃に、金魚のように口をパクパクさせるだけだった。
「悪いな……。悪魔には人間の心が透けて見えるのさ」
いつの間にか距離を詰められ、木崎は壁に追いやられていた。
「何の用か、と聞いたな」
「は、はい……」
悪魔の黒髪の隙間から覗く赤眼が、妖しく光る。
「俺はお前の願いを叶えに来たんだ」
「願い?」
あぁ、と悪魔は低い声で呟く。
「お前はもうすぐ死ぬだろう?」
医師から受けた余命宣告────木崎は苦い顔で頷いた。
「しかしお前には、死ぬまでにどうしても叶えたい願望がある。違うか?」
「……ある。あります」
「お前のその願いを、俺が叶えてやる」
「……うそだ」
「嘘ではない」
木崎はそれまで直視していなかった悪魔の顔を見上げ、目を合わせてはっきりと告げた。
「だってさっき、悪魔は人間の不幸が大好物だって……言ってましたよね?
なのに、願いを叶えてやる、なんて……それこそ天使がやることですよ……」
木崎の返答を聞いた悪魔は、満足げに口角を上げた。
「なんだお前……意外と頭が回るじゃないか」