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嫌がらせ
第1章 嫌がらせ

「ここ……?」

「……あぁ」

父の運転のもと連れてこられたのは、昔家族でよく来た寿司屋だった。1皿100円の大衆向けのチェーン店で、幼い私は目の前で流れていく寿司の行列に魅了されたものだ。

「……懐かしいね。何年ぶりだろう」

「……そうだな。最後に四人で来たのは、明(あきら)が中学に入る前じゃないか」

そうかもしれない。中学に入ると、兄の明は小学校時代とは打って変わって、野球部の厳しい練習に身を投じるようになったから。多忙なスケジュールに、家族の外食を組み込む余裕はなかっただろう。

従業員に案内され、席についた。テーブル席で、父と向かい合わせに座る。

「今日はビール飲まないの?」

父は無類のアルコール好きだ。
この店でも、必ず生ビールを片手に寿司を堪能していた。それも一杯二杯では飽き足らない。母にいい加減にしなさい、と叱られるまで飲み続けていた。

「あぁ」

「別にいいよ。帰りの運転なら私が──」

「今日はお前の退院祝いだからな」

箸を持つ私の手が止まった。苦笑がこぼれてしまう。

「……祝いなんて、そんな……めでたいものじゃないよ」


私の身体にがんが見つかったのは、半年前のことだ。子宮がんだった。がん自体はそこまで進行しておらず、当初は放射線治療や化学療法を行っていた。が、完治を望むなら全摘した方がいい、と言われ、結局手術に踏み切る形になった。

自分の中からまたひとつ、大切なものが失われた、と思った。
将来絶対子供を産む、と決めているわけではなかった。が、私も人並みに、それなりに子育てに憧れを抱いていたのは事実である。そのため、虚無感や喪失感といったものは、術後、それもかなり長い間私の心を支配してくれていた。

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