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夢の欠片(くすくす姫サイドストーリー)
第1章 前編
「当主様」
「…お前!」

友人と、女の噂について話した数日後。
男が外から帰宅して玄関先で外套の埃を払っていると、物陰から女の声がしました。
男は彼女の腕を引き、中に入れて、扉を閉めました。

「お前、どうしてたんだ…!」
訪ねてきたのは、女の侍女でした。女と共に来た訳では無いのでしょう。一人きりで、この時期に外出するには簡素すぎ、寒すぎる薄着の服装です。
「ずっと、心配してたんだぞ…あいつは、」
「…奥様は、」
侍女は男の言葉を全く聞かずに遮りました。

「奥様は明日の夜、毒を飲んで自害されます」
「何だって?!」
男が仰天しているのを無視して、侍女は独り言の様に続けました。

「…今日にでもとおっしゃいましたが、お止めしました。それでも、明日は必ず、と…明後日が過ぎれば、叶わなくなりますので」
「どういう事だ!」
「私の口から申し上げられるのは、それだけです。
…でも、それだけでも、あんたに伝えないと、私の気が済まない」
侍女はそこで深呼吸しました。
一息に喋ったので、息を詰めて居たようでした。

「私も一緒にお供します。けれど、恐らく奥様の自害は揉み消されるでしょう。今だって外に出られないんです。居なくなっても誰も気付かないでしょうし、不思議にも思わないでしょう。せめて、知っていてあげて下さい。あんた一人くらいは、奥様を、悼んで差し上げて、っ…」
侍女は、泣き崩れました。

「お可哀想に…あのお可愛らしかった姫様が、こんな目に遭うなんて…あんたに出会ってから、昔のように明るくなられて…幸せよ、ありがとうって、笑っておっしゃって下さって…」
侍女は涙を拭い、悲しい決意で目を爛々と燃やした顔に、マントのフードを被りました。

「どうして…どうして、そんな事に…!」
「…理由は、聞かないで下さい。姫様も、よくよくお考えになって決められた事です…私でも、お止めすることは叶わなかった…」
侍女は最後に、言葉を失っている男に、お辞儀しました。

「ごきげんよう。もう、戻らなくてはなりません。姫様の最期を彩って下さって、ありがとう。姫様に姫様らしさを取り戻させて下さって、ありがとうございました」
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